「今日はありがとうね、湊くん」

玄関の前で、莉瀬がにこっと笑った。

「琉久、すっごく楽しそうだったし、玲央も…なんか機嫌よかった」

「ううん、僕のほうこそ楽しかったよ」

湊は紙袋を持ち直しながら、少しだけ視線を落とした。

夕暮れの空は、淡いピンクに染まっていて、風がやさしく頬を撫でる。

莉瀬は湊と並んで歩きながら、ぽつぽつと話し始めた。

「湊くんって、ほんとに琉久のこと上手に遊ばせるよね。なんか…お兄ちゃんみたい」

「…そっか」

湊は笑ったけれど、その笑顔は少しだけ揺れていた。

「玲央も、湊くんのことちょっと見直したかも。ギターの話、あんなにするなんて珍しいし」

「うん、玲央くん、すごく音にこだわってるよね。…かっこよかった」

莉瀬は、ふふっと笑った。

「玲央に“かっこいい”って言うの、初めて聞いたかも」

湊は、少しだけ黙った。

本当は、莉瀬に“かっこいい”って言われたいのは、自分だった。

「…莉瀬ちゃん」

湊は、歩きながらそっと言った。

「ん?」

「僕ってさ…莉瀬ちゃんにとって、どんな存在?」

莉瀬は、きょとんとした顔で湊を見た。

「え?…うーん、弟みたいな感じ?優しいし、かわいいし、琉久とも仲良しだし」

その言葉に、湊の胸がじくりと痛んだ。

“弟みたい”——それは、湊が一番言われたくない言葉だった。

「…そっか」

湊は、笑ってみせた。

でもその笑顔は、どこか寂しげだった。

莉瀬は気づかない。

湊の視線も、言葉の端に込めた想いも、全部“弟扱い”のフィルターで流されてしまう。

「じゃあ、また学校でね!」

莉瀬が手を振って家に入っていく。

湊はその背中を見つめながら、心の中でそっとつぶやいた。

——僕は、弟じゃない。

——君が好きなんだ。