放課後の図書館は、静かで、少しだけ埃っぽい。

けれど莉瀬にとっては、日常の喧騒から逃げ込める、秘密の避難場所だった。

「…あれ?」

本棚の向こうから、聞き慣れた声がした。

莉瀬がそっと顔をのぞかせると、そこにはクラスメイトの湊がいた。

彼は分厚い絵本を手にして、真剣な顔でページをめくっている。

「湊くん…?」

思わず声をかけると、湊は少し驚いたように顔を上げた。

「あ、莉瀬ちゃん。…この絵本、琉久くん好きそうだなって思って」

そう言って、湊はにこっと笑った。

莉瀬の胸が、ふわっとあたたかくなる。

湊は、ただのクラスメイトじゃない。

弟たちのことを気にかけてくれる、優しい人。

「…ありがとう。琉久、きっと喜ぶと思う」

そう言った莉瀬の声は、少しだけ震えていた。

春の光が、窓から差し込んで、ふたりの間にやわらかな影を落とした。

湊は絵本を閉じて、莉瀬の隣の席に座った。

「図書館、よく来るの?」

「うん。静かだし、落ち着くから」

「わかる。僕も、ここ好き。…なんか、時間がゆっくり流れてる気がする」

ふたりの会話は、まるで水面に広がる波紋のように、ゆっくりと広がっていった。

莉瀬は、湊の声が心地よくて、いつもより素直に話せる自分に気づいた。

「…琉久くん、最近どう?」

「元気すぎて困ってるよ。朝から全力で走り回ってるし」

「ふふ、かわいいなぁ。今度また一緒に遊びたいな」

「うん、きっと喜ぶ。玲央も、湊くんのこと気にしてるみたいだし」

湊は少し驚いた顔をしたあと、照れくさそうに笑った。

「そういえば、玲央くん、ギター上手だよね。こないだちょっと話したんだ」

莉瀬は目を丸くした。

「えっ、そうなの?玲央、そんな話するなんて珍しい…」

湊は肩をすくめて、優しく言った。

「きっと、莉瀬ちゃんが大事にしてる人だから、僕にも心を開いてくれたのかもね」

その言葉に、莉瀬の胸がきゅっと締めつけられた。

湊の優しさが、まるで春の風のように、そっと心に触れてくる。

図書館の時計が、静かに時を刻む。

ふたりの間に流れる空気は、やわらかくて、どこか甘い。