キッチンには、卵の焼ける香ばしい匂いが広がっていた。

湊は、エプロンを借りて、真剣な顔で卵焼きを巻いている。

「……めっちゃ上手なんだけど」 莉瀬が、隣で感心したように見つめていた。

「毎日作ってるからね。」

「え、丁寧すぎる…」

「莉瀬ちゃんは、普段どんな朝ごはん作ってるの?」

「えーと…パン焼いて、ヨーグルト出して、終わり…」

「シンプル!」

「うるさいな~!朝は時間との戦いなんだよ!」

ふたりは、笑いながらキッチンを動き回る。

でも、湊の心の中には、まだ昨夜の“あの言葉”が残っていた。

湊はちょっとちょっとだけ、探りを。

「ねえ、昨日の夜さ…」

湊が、卵焼きを皿に移しながら、さりげなく言った。

「うん?」

莉瀬は、冷蔵庫から牛乳を取り出しながら振り返る。

「なんか、寝る前に話してたじゃん。いろいろ」

「うん…なんか、眠くて…あんまり覚えてないかも」

「そっか…」

湊は、ちょっとだけ肩を落とした。

「え、なんか変なこと言ってた!?わたし!」

莉瀬が、急に焦ったように近づいてくる。

「いやいや!変じゃない!むしろ…かわいかった」

「えっ…なにそれ…やだ…」

莉瀬は、顔を赤くして、牛乳を持ったまま冷蔵庫の扉に隠れる。

湊は、ふっと笑って、卵焼きの皿をテーブルに置いた。

「じゃあ、朝ごはん、完成!」

「うわ~、おいしそう…!」

ふたりは並んで座って、朝の光の中で、あったかいごはんを食べ始めた。

言ったことは、まだ言わない。

でも、また言える日が来る気がする。

玲央が寝室から出てくるまでの、静かな朝。

ふたりだけの、ちょっと照れくさい時間が流れていた。