「ふぃ~、風呂入ってくるわ」

玲央がタオルを肩にかけて、リビングを出ていった。

その瞬間、リビングに残されたのは、湊と莉瀬、ふたりだけ。

テレビの音だけが、ぽつぽつと部屋に響いていた。

さっきまでの夕飯のにぎやかさが嘘みたいに、急に静かになる。

湊は、ソファに座ったまま、ちらっと莉瀬を見た。

莉瀬は、湯のみを両手で包みながら、視線を落としていた。

——さっきの「いいよ」、ちゃんと聞こえてたんだ。

——でも、今さら何を話せばいいのか、わからない。

「…さっきは、ありがとね」

湊が、静かに口を開いた。

「えっ?」

莉瀬は、少し驚いたように顔を上げる。

「泊まってもいい?って聞いたとき、ちゃんと答えてくれて。…嬉しかった」

莉瀬は、湯のみを見つめたまま、少しだけ笑った。

「…玲央、ほんと勝手なこと言うよね」

「うん。でも、ちょっと助かったかも」

「え?」

「僕、ほんとは…もうちょっと一緒にいたかったから」

その言葉に、莉瀬の手がぴたりと止まった。

心臓が、また跳ねる。

「……そっか」

「莉瀬ちゃんといると、落ち着くんだ。…なんか、安心する」

湊の声は、静かで、でもまっすぐだった。

莉瀬は、顔を上げられなかった。

でも、胸の奥が、じんわりとあたたかくなっていくのを感じていた。

「……わたしも、湊くんといると、なんか…安心する」

その言葉に、湊はふっと笑った。

「そっか。よかった」

ふたりの間に、やさしい沈黙が流れる。

テレビの音が、遠くで流れている。

でも、それよりも、ふたりの鼓動のほうが、ずっと大きく感じられた。

そのとき、浴室から「おーい、シャンプー切れてんだけどー!」という玲央の声が響いた。

「……あー、もう」

莉瀬が立ち上がって、バスルームへ向かう。

湊は、ソファに残って、さっきの言葉を思い返していた。