リビングの時計が、静かに「カチ、カチ」と音を刻んでいた。

湊は、ソファでクッションを抱えながら、ぼんやりとテレビを見ていた。

莉瀬は、琉久の寝顔を確認しに寝室へ行って、戻ってきたところだった。

そのとき、玲央がふと時計を見て、ぼそっと言った。

「もう8時じゃん。湊、どーすんの?」

「えっ…」 湊は、はっとして時計を見た。

「ほんとだ…!やば、もう8時!?急いで帰らなきゃ…!」

立ち上がろうとしたその瞬間。

「遅いし、泊まってけば?」

玲央のその一言で、空気がピタッと止まった。

湊も、莉瀬も、同時に固まる。

「えっ……」

「……は?」

ふたりの視線が、ゆっくりと玲央に向かう。

「え、でも…迷惑じゃ…」 湊が戸惑いながら言うと、

「迷惑じゃないから。泊って行けよ」

玲央は、さらっと言い放った。

莉瀬は、ぎゅっと眉を寄せて、玲央に視線の圧を送る。

——おい、勝手なこと言うな。

その無言のメッセージを、玲央は見事にスルー。

「夕飯、なんか作ろっと」

と言って、キッチンへ向かっていった。

湊は、まだ立ち上がったまま、どうしていいかわからず、そわそわと視線を泳がせた。

「……え、じゃあ…」 小さな声で、湊が言う。

「泊って行っても…いい?」

その声に、莉瀬の心臓が跳ねた。

顔が熱くなるのを感じながら、視線をそらして——

「……いいよ」

それは、聞き取れるかどうかの、ほんの小さな声だった。

湊は、ふっと笑った。

「ありがとう」

その笑顔に、莉瀬はますます顔を赤くして、クッションを抱きしめた。

キッチンでは、玲央が鼻歌まじりにフライパンを温めている。

——この空気、絶対わかっててやってる。

莉瀬は、そう確信しながら、ため息をついた。