「板垣先生だよ。」
「……っ。」
予想外の名前に蕾は息を呑む。
板垣先生といえば、先日精神科科病院の部長になったばかりで、薬剤治療関連の腕は確かだと評判だが、その一方でパワハラ気質の態度や高圧的な物言いでも有名だった。
亡くなった千尋の担当をしていた先生でもある。
蕾は、背中に張り付いた汗が、ゆっくりと一滴落ちるのがわかった。
「まさか……先生と一緒に?」
「そ。僕が新病棟の副担当になるんだ。」
有澤先生の表情は困惑とこれからの期待が混ざっているように見えた。
「そう…、ですか……」
「板垣先生が、僕を推薦してくれたらしい」
有澤先生の言葉に、蕾は目を丸くした。
板垣先生──その名前を聞くだけで心が千切れそうになる。
蕾の大切な、亡くなった患者・千尋さんの最期に関わった医師だった。



