あの駅での夜から数週間が過ぎた。
蕾の日々は以前にも増して忙しくなっていた。
病棟の朝は早い。
ナースステーションに8時には到着し、前日の患者の情報をチェックするのが蕾の習慣となっていた。
「蕾ちゃん、最近一段と熱心ね。」
隣に座った先輩看護師の前島さんが微笑みながら声をかける。
パソコン画面から顔を上げた蕾は軽く会釈した。
「ありがとうございます。まだまだ勉強することがたくさんあって。」
それは本心だった。
以前なら業務をこなすことに精一杯で患者一人ひとりへの配慮が足りなかったかもしれない。
だが今の蕾は違った。カルテを読み込む時間が増え、患者との対話も積極的になっていた。
「有澤先生が蕾ちゃんのこと褒めてたわよ。『彼女は仕事が早い』って」
蕾の、マウスを動かしていた指が一瞬止まる。
平静を装いながら「そうなんですか」と答えたが、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
「(有澤先生が……そんなふうに思ってくれているなんて)」
嬉しさと同時に責任を感じる。看護師として期待されているなら応えなければと強く思った。



