「でも……」
有澤先生が静かに遮った。彼の指先が蕾の涙をそっと拭う。
有澤先生の薬指にはまっている指輪は、今でも夜の景色とともに目につくくらい輝きを放っている。
蕾の頬に触れた指輪は、あの日の雪のように冷たかった。
「……っ」
「忘年会の夜に」
その瞬間、さくらの記憶が鮮明によみがえる。あの時の自分の言葉が脳裏に蘇った。
「先生?」
有澤先生は深い溜め息をついた。
「いつかどこかのタイミングで、亡くなった妻の事を話さないとって思ってた」
蕾は顔を上げた。彼の目に深い悲しみが浮かんでいる。
「彼女のことを話すのが怖かった。君をもっと傷つけてしまうんじゃないかって…」
「……有澤先生……」
「でも、それじゃ何も始まらないから」
有澤先生の左手が蕾の頬に触れる。温かくて優しい触れ方だった。
「いつか必ず話すから。待っててほしいなって……ずるいよね。」
「うーん……そうですね。」
悩んでた自分が馬鹿だなって思うくらい、蕾は少しずつ笑みが漏れていた。



