外に出ると、雪がちらちらと舞い始めていた。
夜空を見上げるとどこまでも暗い空が広がっていた。
冷たい風と雪が、歩いている蕾の頬を撫でる。
上着の袖やマフラーに、小さい雪が付いては溶けて、付いては溶けていくのを繰り返していた。
「私、何やってるんだろう、...。有澤先生、本当は、私のことなんて...。」
ふと、蕾はゆっくり後ろを振り返った。
「(先生が追いかけてきてくれるかも、なんて…そんな訳、ないよね。)」
街灯を照らす薄暗い道が広がっているだけで、
人の気配すらなかった。
少しの淡い期待が雪と共に降り、崩れ落ちていた。
夜空を見上げながら、蕾は駅へと向かった。
夜の駅のホームはがらんとしていて、点滅する蛍光灯だけが薄暗く辺りを照らしている。
冷たいベンチに腰掛けながら、さくらは窓ガラスに映る自分の顔を見つめていた。
化粧もすっかり落ちてしまっているのに気づいて少し悲しくなる。
蕾は何度も、自分のため息が白く空に溶けていくのを見た。
「はぁ……、バカみたい……」
誰にも聞こえないように呟いたその言葉は、ホームに吹き込む冷たい風に乗って消えていく。
あの日の思い出が走馬灯のように蘇る—初めて先生と出会った日のこと。
勤務中のちょっとした会話で笑い合った瞬間。患者さんの前で見せる真摯な表情とは違う、時折見せる優しい微笑み。
誰もいない診察室で、交わした会話。
"可愛い"
先生に始めて言われたあの言葉。今ではもしかしたらあれは、私の幻想だったんだろうかと思い切なくなる。
「もう諦めどき、なのかな……」
*****
駅のホームに列車到着のアナウンスが流れた時、遠くから足音が近づいてきた。
蕾は振り返ると、そこに立っていたのはーーー
少し息を切らせた有澤先生だった。
所々に小さな雪が付着し、コートもマフラーも少しだけ乱れている。
「えっ……先生?」
蕾は、嬉しさと安堵で、胸がいっぱいになった。泣きそうになるのを必死でこらえた。
驚きで声がかすれる。有澤先生はゆっくりと微笑んだ。
「……っ、びっくりした。桜井さん、あのまま、帰ってるからっ……」
そして有澤先生はゆっくり息を整えながら、蕾の隣に座ると、静かに言った。
「……困ったよね。」
有澤先生は白い息を吐きながら呟いた。
「(あぁ、そっか。先生も私と同じだ……)」
「(なのに。私はそんなことも目に入らず、自分の事に必死で、先生の立場も考えずに、軽率な行動をとってしまってた…。)」
蕾は心の中でふと、そう思った。
有澤先生はゆっくりと微笑んだ。
「ごめんね。やっぱり言わなきゃいけないことがあって……」
そして有澤先生は蕾の隣に座り、優しく手を取った。その手はとても温かいものだった。
「今まで、色々あったけど、、」
有澤先生の白い息が、現れてはゆっくりと消えていく。
「また、こうして話せるから。たとえ、どんなに離れてもさ、また……こうして、会える。」
「……っ。」
「(ねぇ、先生…?
先生はいつもそうやって簡単にいい退けちゃうんだよね。
私が想像もしていない、時々
斜め上の方向にいくこともあるけどさ、
こんなにも私に暖かい言葉をくれるんだ。
私が、欲しかった言葉をいつもくれるんだよ。
先生の言葉が私にとって、どれだけ救われていたか。
先生は、知らないんだろうなあ…。
私は、そんなあなたを、あなたの事を……。)」
彼の真剣な目に蕾の胸が高鳴る。泣くな自分と言い聞かせなが、鼻の奥がつーんと走る感覚が伝わった。
列車が滑り込んでくる音が遠くから聞こえる中、二人は互いの手をしっかりと握りしめていた。
「(このまま、時が止まればいいのにな。なんて。)」
二人の指が絡み合った瞬間、蕾の心に、凍てつくような誤解が、溶けていくのを感じた。
蕾がはっと気付いたときには、視界が少し涙でぼやけた。
先生はそんな私を、暫く、優しい顔で見つめ返していた。
その時、電車がホームに滑り込んできた。
蕾は今の気持ちを、その勢いで先生に伝えた。



