診察室から出てきた有澤先生と目が合う。



反射的に視線をそらしてしまう蕾を見て、有澤先生は一瞬悲しげな表情を浮かべていたような気がした。



「桜井さん、301号室の町田さんの投薬指示、変更しましたので。」



声をかけられても緊張で指先が冷たくなる。



「はい」とだけ答えて電子カルテをチェックする蕾に、周囲にわからないように、有澤先生は小さいメモを添えた。



"忘年会、行く?"



綺麗な字で書かれたメモを見て、蕾の心臓が小さく跳ねる。



そのメモをみて先生の方にチラッと視線を移すと、有澤先生は蕾に少し困ったような、優しい眼差しを向けていた。



周囲の喧騒が遠ざかっていくような錯覚に陥る。



「……はい。」


「そっか。ならよかった。」


それだけ言ってナースステーションから、去っていく背中を見送りながら、蕾の胸の奥で微かな鼓動が響いていた。