街はすっかり冬の装いとなり、精神科急性期病棟にも、年末特有の慌ただしさが訪れていた。

病棟はあわただしく、クリスマスツリーが飾られた待合室では看護師たちが忘年会の準備の会話を飛び交わせていた。


「今年のビンゴ大会の景品は何にするー?」


「去年のケーキ争奪戦、面白かったよね~」


「看護師長のカラオケ披露は絶対入れようよ!」


笑い声が響く廊下を歩きながら、蕾は小さく深呼吸した。


あの診察室の有澤先生との出来事から、一週間が過ぎていた。


しかし、蕾の心の中はまだ整理できていなかった。


忘年会の準備が進む中、桜井蕾と有澤先生の関係は、松村師長の忠告もあり、


公の場ではよそよそしいものとなっていた。

 
 「桜井さん、今度の忘年会、二次会もあるみたいですよー。」
 
 同僚の看護師が話しかけるのに、蕾は愛想笑いを浮かべたが、心は晴れなかった。



有澤先生は、そんな蕾の様子に気付いているのかいないのか、いつも通り穏やかに振る舞っていた。




*****




診察室から出てきた有澤先生と目が合う。



反射的に視線をそらしてしまう蕾を見て、有澤先生は一瞬悲しげな表情を浮かべていたような気がした。



「桜井さん、301号室の町田さんの投薬指示、変更しましたので。」



声をかけられても緊張で指先が冷たくなる。



「はい」とだけ答えて電子カルテをチェックする蕾に、周囲にわからないように、有澤先生は小さいメモを添えた。



"忘年会、行く?"



綺麗な字で書かれたメモを見て、蕾の心臓が小さく跳ねる。



そのメモをみて先生の方にチラッと視線を移すと、有澤先生は蕾に少し困ったような、優しい眼差しを向けていた。



周囲の喧騒が遠ざかっていくような錯覚に陥る。



「……はい。」


「そっか。ならよかった。」


それだけ言ってナースステーションから、去っていく背中を見送りながら、蕾の胸の奥で微かな鼓動が響いていた。