冬の半ばにさしかかり、病棟には張り詰めた空気が漂っていた。
桜井蕾は、依然として有澤先生への想いを抱えながらも、その進展のない関係に、静かに心を痛めていた。
そんな中、以前から蕾に好意を寄せていた山田が、ついに彼女に告白を決意した。
「桜井さん、あの...ずっと、言いたいことがあったんです。」
休憩室で二人きりになった時、山田は緊張した面持ちで蕾に切り出した。
蕾は、彼の真剣な眼差しに、戸惑いながらも、静かに耳を傾けた。
「ごめんなさい。私、、山田くんの気持ちに応えられない。」
蕾は、できる限り優しく、しかしはっきりと、山田の告白を断っていた。
山田の顔から、一瞬にして笑顔が消えた。彼は、ショックを受けた様子だったが、すぐに気を取り直したように、無理に微笑んだ。
「そ、そうですか...。でも、これからも、桜井さんの力になれることがあったら、何でも言ってくださいね。」
山田は、そう言って、早々に部屋を出ていった。
蕾は、彼の背中を見送りながら、複雑な思いで胸がいっぱいになった。
山田を傷つけてしまったかもしれない、という罪悪感が芽生えたが、有澤先生への気持ちにやっぱり嘘はつけないと思った。
有澤先生との関係も、もしかしたらこれで少しは進展するかもしれない、という淡い期待もあった。
*****
その後、ナースステーションに戻って残業に取りかかっていた蕾に、有澤先生が声をかけた。
「あれ、珍しいね、桜井さん。残業?」
「あ、有澤先生。はい、少しだけ。」
蕾は、有澤先生の突然の声かけに、心臓が跳ね上がった。
有澤先生はゆっくり歩いて、蕾の隣に並んだ。
「もしかして……僕のこと待っててくれた?」
有澤先生は、そう囁くと蕾の顔を覗き込んだ。
その瞳には、普段は見せない、切ないような、そしてかすかな期待のようなものが宿っていた。
蕾は、彼の言葉に、胸が高鳴るのを感じた。
これは、チャンスなのかもしれない。
「...そうだったら、どうしますか?」
蕾は、勇気を振り絞って、ゆっくりと先生を見上げ
そう返した。
有澤医師は、一瞬、目を見開いた後、寂しげに微笑んだ。
「最近楽しそうだね、山田くんと。」
その言葉は、蕾が期待していたものとは全く違う、冷たい響きを持っていた。
山田との関係について、彼はそう言っているのだ。蕾の希望は、一瞬にして打ち砕かれた。
「先生、それはっ!本当に誤解なんです。」
蕾は、必死に否定しようとした。しかし、有澤先生は、彼女の言葉を遮るように、さらに続けた。
「桜井さんは、僕だけを想ってくれていると、思ってたのにな。」
「……っ」
その言葉は、蕾の心を激しく揺さぶった。
彼は、自分のことを、そんな風に思ってくれていたなんて初めて気が付いた。
蕾は、有澤先生の真意を測りかねて、ただ立ち尽くしていた。
どう応えていいかわからない。
けど指輪は?奥さんは?ここで好きと伝えてもし、幻滅されたら?関係が崩れてしまったら?色々な疑念も頭の中で処理しきれない。
このどうしようもない感情を、どうすればいいのか。
「私はっ………」
胸が苦しくて息ができない。
私は先生とどうなりたいのか。
ただでさえ許されない恋をしているというのに。
すぐに答えが見つからない。
先生の言葉はこんなにも私を混乱させるんだ…。
蕾は激しく脈をうつ心に蓋をして、有澤先生の顔を見ることができず、そのまま、足早に病棟を後にした。
冬の夜風が、彼女の頬を冷たく撫でた。蕾の心は、凍てつくような寒さと、燃え上がるような熱さで、激しくかき乱されていた。



