さくらびと。【長編ver.完結】

「それで、」


倉橋さんは話題を変えた。



「もう、科は決まったんですか?」


裕紀は胸ポケットから小さな桜の栞を取り出した。

美桜の病室で拾ったものだ。







「僕は…、精神科医を目指します。」



看護師長の倉橋さんは驚きの表情を見せたあと、すぐに納得したように頷いた。


「そうですか…。実は以前、美桜さんから少し伺っていました。」



「……え?」


「『きっと彼なら、誰よりも人の心に寄り添える素晴らしい医者になる』ってね。」



思わず目頭が熱くなった。

美桜は全て予見していたのだ。

彼の才能も、彼の迷いも。



「これから、東京の大学院で勉強してきます。」

「そうですか……美桜さんもきっと喜んでいるでしょうね。」



倉橋師長の言葉に背中を押されるように裕紀は玄関に向かった。

扉を開けると初夏の風が吹きつけた。


街路樹の若葉が眩しい。