朝焼けが病棟の窓を金色に染めていた。
がらんとした廊下を歩く裕紀の足音だけが静寂の中に響く。
医師国家試験に合格した日の翌朝、彼は美桜の荷物整理と病棟の職員へ最後の別れを告げに病院へ来ていた。
「あら、有澤さん。」
廊下の角から現れたのは看護師長の倉橋さんだった。
白髪混じりの髪を後ろで結んだその姿に、裕紀は深く頭を下げた。
「短い間でしたが、お世話になりました。」
「いえいえ。」
倉橋さんはハンカチを取り出し目元を押さえた。
「美桜さんのことで何かできればと思っていましたが……」
言葉が途切れる。
裕紀も何も言えなかった。
二人の間に流れる沈黙がすべてを物語っていた。
*****
美桜が最後に意識があったのは一週間前。
桜の木を見に行ってすぐのことだった。
「裕紀っ……本当に、ありがとう。」
酸素マスク越しの声はほとんど聞こえないほど小さかったが、それでも彼女は最後の力を振り絞っていた。
「私の、ために……ずっと…、一緒にいてくれて。」
「当たり前だ…」
「美桜っ…行くな…行かないでくれっ…。」
裕紀は泣きながら美桜の頬を右手で優しく撫でる。
「裕…紀……ごめんね…。」
そして美桜の手を、裕紀はぎゅっとにぎりしめる。
「美桜……愛してる。」
「…私…も…」
裕紀はとめどなく涙を流していた。
「裕紀の…未来を…、、…いつか…必ず、幸せに…なって……」
その言葉を聞いた時、裕紀の中で何かが弾けた。
彼女の最後の願いこそが自分の生きる道だと悟った瞬間だった。
「美桜っっっ!!!」
美桜は静かに、穏やかな表情で息を引き取ったーーー。



