葉桜の木の下で、私たちは静かに座っていた。


昼下がりの穏やかな日差しが、二人の間にも降り注いでいる。

遠くで響く児の笑い声が、現実の病院という場を、一瞬だけ忘れさせてくれるようだった。
 





 「ねえ、蕾ちゃん。」



 
 千尋さんが、私の腕をそっと掴んだ。その指先は、微かに震えている。



 
 「どうしたの、千尋さん?」



 
 「あのね、あれ。」




 
 千尋さんが指差す先を見ると、そこには、葉っぱの上に弱々しくもがいている一匹のテントウムシがいた。



その小さな体は、まるで今にも潰れてしまいそうに見える。


 
 「どうしたのかな? テントウムシ?」


 千尋さんは、ゆっくりと指を伸ばし、その小さな甲羅にそっと触れた。その仕草は、驚くほど優しかった。


 
 「虫も、人も、生き物も、みんな弱いんだね。」


 
 千尋さんの声は、先ほどよりもずっと静かで、深く響いた。


彼女の言葉は、まるで遠い昔から語り継がれてきた真理のようだった。




 「ーーー命は、もっと儚い。」


 
 彼女は、テントウムシを優しく見つめながら、静かに続けた。


 
 「こんなに皆、弱いのに、どうして、こんなにも傷つけあうんだろう。」


 
 その問いは、私の胸に重くのしかかった。


いじめ、差別、戦争...。人間が人間を傷つける行為は、一体いつから、そしてどうしてこんなにも絶えないのだろうか。


千尋さんが、中学校時代に受けた傷の深さを、改めて思い知らされる。





彼女が、この小さなテントウムシに、自分自身を重ね合わせているのかもしれない。




彼女の繊細な心は、あまりにも多くのものを感じ取り、そして傷ついてきたのだ。




私は、すぐに答えを出すことができなかった。




ただ、彼女の言葉に、静かに耳を傾け、その温かい手を、そっと握りしめることしかできなかった。




葉桜の葉が風に擦れる音だけが、かすかに聞こえていた。




その音は、まるで千尋さんの心の叫びのように、私の耳に響いた。