さくらびと。【長編ver.完結】

ーーーあれから半年が経った。




季節がめぐり、四月の風が窓辺のカーテンを揺らしていた。

病室の窓から見える並木通りの桜が満開を迎え、薄紅色の波が病棟の灰色を洗い流している。



「きれい……」


美桜の囁きは春風よりも儚げだった。


以前の張りがあった肌は今や陶器のように生気がなく、骨格が浮き彫りになった腕が毛布の端から覗いている。


裕紀は無意識に彼女の手を握った。


冷たい。かつての温もりはどこへ行ってしまったのか。



「桜見てると……思い出しちゃうんだよね。」


美桜はゆっくりと首を回し、桜に焦点を合わせる。


その動きさえも辛そうだった。



「あなたと出逢ったときも、桜が咲いてた。あなたが凄くクールで大人びてるからちょっと気になってた……」


懐かしそうに微笑む彼女の右目の端から透明な滴が落ちる。

裕紀は指でそっと拭った。



「覚えてるよ。そのあと本屋で再会して。」



「ふふ……それから、裕紀を結構振り回したっけ?」



乾いた咳が言葉を遮った。


裕紀はナースコールに手を伸ばしかけたが、美桜が首を横に振って制する。

唐突な告白に裕紀の喉が詰まる。

そんなことは何度も思ったはずなのに。




「裕紀が将来、手術着姿で颯爽と歩くところとか……手術中に真剣な顔でメスを持つところとか……想像するだけでワクワクしてた。」



美桜の声には憧れが滲んでいた。裕紀はただ黙って聞き手となる。



「きっと、かっこいいんだろうね。」



その純粋な賞賛が胸を刺す。


自分が医学生になったのも、外科を目指しているのも全て彼女が「素敵」と言ってくれたからなのに。




「みんなに尊敬されて……特に看護師さんたちにはモテモテかもね。」




弱々しく笑う美桜の瞳には複雑な感情が揺れていた。

諦めと嫉妬と、ほんの少しの羨望。



「ちょっと妬いちゃうな……」



最後の一言はほとんど吐息だった。

裕紀は何も言えず、ただ彼女の痩せた手を両手で包み込んだ。

筋肉が落ちた手首の骨が手のひらに当たる。