さくらびと。【長編ver.完結】

午前十時、病室の外では看護師たちのひそひそ話が絶えない。

新人看護師の佐伯彩は同僚の鈴木美咲に声を潜めて言った。


「あの夫婦……今日も来てますよ。」

「また?毎日毎日……本当に仲良しなんですね。」



ベテラン看護師の田中はカルテを整理しながら眉をひそめた。



「でも過保護すぎませんか?膵臓癌の末期患者でしょう。あんなに頻繁に刺激して……」



「刺激なんて!むしろ精神的な支えになってるんじゃないですか?」


「まぁ確かに……あの患者さんは落ち込んでないようですけど。」



三人の視線の先にあるのは美桜の病室だった。




ドアの隙間から裕紀の背中が見える。


妻の手を握りながら何かを熱心に話しかけている。




「でも先生たちの間でも噂になってるんですって。『有澤美桜さんとその夫の裕紀さんのこと』」


千里の言葉に彩は興味津々といった様子で身を乗り出した。





「どんな噂ですか?」





「それがね……『毎日病院で勉強してる姿が献身的すぎて泣ける』とか『まだ三十代なのに妻を亡くすなんて辛すぎる』とか。」






千里は溜息をついた。



「本人たちは一生懸命なのに勝手な噂で盛り上がるなんて失礼よ。患者さんの前では絶対に話題にしないで。」





「すみません……」





謝る彩に千里は優しく微笑んだ。