さくらびと。【長編ver.完結】

一方その頃、大学病院の講義室では熱心にメモを取る裕紀の姿があった。


いつもなら完璧主義の彼だが今日は集中力を欠いているのが自分でも分かる。

「患者の心情を理解することが治療の第一歩です。」


教授の言葉が遠く聞こえる。



妻の体調が気がかりで仕方がない。



朝の彼女の蒼白な顔が脳裏に焼きついている。


本当は休講にして帰宅したかったが、この授業は絶対に外せない専門科目だ。




「有澤くん、聞いていますか？」


突然名前を呼ばれ驚く。


「はい！」と答えたものの、質問の内容が頭に入っていない。


「今日のテーマは何ですか？」


「えーっと……患者のコミュニケーションについてです」



なんとか回答できたが周囲から小さな笑い声が漏れた。




恥ずかしさを覚えながらも内心で苛立っていた。



どうしてこんな時に重要な授業が重なるのか。運命のイタズラとしか思えない。