桜の花びらが舞い落ちる四月、二人の新居に引っ越した日。
美桜は手書きの看板を玄関に掛けた。
「七瀬家・有澤家合同!幸せ爆発中♡」という文字を見て裕紀は苦笑いしながらも、その手を強く握り返した。
「ただいま。」
帰宅の挨拶とともに漂ってくる夕飯の香り。
美桜はエプロン姿で迎えてくれる。
「おかえり〜!今日はカレーだよ」という彼女の笑顔が何よりの癒しだった。
初めのうちは順調だった。
美桜も大学院で研究やサークルを続けながら家事をこなし、裕紀の健康管理にも気を配っていた。
二人で過ごす時間は限られていたけれど、それ以上の充実感があった。
「これからの人生を二人で歩んでいこうね。」
そう言って微笑み合う日々は幸福そのものだった。
しかし、時は流れ季節が移ろうにつれ状況は変わってきた。
裕紀は五年生になり臨床実習が本格化し、土日も学会や研修会で埋まるようになった。
美桜も論文の締め切りが迫り研究室に泊まり込む日が増えた。
「最近全然喋れてない気がする……」
夜遅く帰宅した裕紀がベッドに入ると、隣で寝ていた美桜がぽつりと言った。
「そうだね……」
短い会話の後に訪れる沈黙が重苦しく感じるようになった。



