春の陽気が病院の窓ガラス越しに差し込むようになった頃、千尋さんの表情にも、少しずつ変化が見られるようになった。




以前のような、悲しみに沈んだ顔ではなく、時折、穏やかな微笑みを浮かべるようになったのだ。





これも、彼女が少しずつ心を開いてくれている証拠だろうか。私は、担当看護師として、彼女の回復を静かに見守っていた。



 
 そんなある日、千尋さんがそっと私に話しかけてきた。




「ねえ、蕾ちゃん。」


 「千尋さん?どうしたの?」

 
 「あのね、病院の中庭に、桜の木があるでしょう? あれ、とっても綺麗だよね。」




 彼女の顔は、期待に満ちた輝きを宿していた。


その横顔を見ていると、中学校時代のいじめの記憶に苦しみ、涙に暮れていた日々が、まるで嘘のようだった。




 「うん、綺麗だよね。私も、あの桜の木、好きだよ。」


 
 「...あのね、もしよかったら、私、あそこまで散歩に行ってもいいかな?」


 
 千尋さんの声は、少しだけ上ずっていた。




彼女の病状は、だいぶ安定してきていたとはいえ、まだ院内での行動には制限がある。だが幸い、同伴での外出の許可は降りていた。




しかし、彼女のあのキラキラした瞳を見ていると、断る理由など見つからなかった。



 
 「もちろん! いいよ。仕事の合間を縫って、連れて行ってあげる。」
 


 「ほんと!? やったー!」



 
 千尋さんは、まるで子供のように無邪気に喜んだ。中学時代の虐めが原因で心が病んでしまったため、精神年齢が14歳のままで止まっている。


ただ、その笑顔は、太陽の光を浴びて輝いていた。