四月の終わり、
まだ肌寒い京の空気に紛れて散りゆく桜の花弁が舞っていた。


有澤裕紀(アリサワ ヒロキ)は、医学生という立場上、実験と解剖学に追われる日々は息つく暇もない。



その日も遅くまで大学に残り、帰りがけに立ち寄ったのは三条にある大型ショッピングモールの地下にある本屋だった。


三ヶ月前に参加した合コンで名刺のように自己紹介した彼女の顔を忘れるわけがない。



しかし連絡先を交換したものの、その後特に連絡することもなく過ぎていた。




七瀬美桜(ナナセ ミオ)は、窓辺に置かれた椅子に腰掛け、窓の外を眺めている。







京都の夕暮れ時の淡い光が彼女の横顔を柔らかく照らしていた。



「……七瀬さん?」



自分の声が震えていることに気づいたのは、呼びかけた後だった。

彼女がゆっくりとこちらを振り向く。驚いた表情の奥に見えたのは、ほんの一瞬の懐かしさだった。


「有澤君……?」

「久しぶりだね。こんなところで会うとは思わなかったよ」



彼女は本を閉じて微笑んだ。


その笑顔は三ヶ月前と同じ。



しかし今の自分には、以前よりもずっと輝いて見える。


「私もびっくりしたよ。学校の課題の調べ物をしてたの。」


美桜は立ち上がりながら言った。


その瞬間、ふわりと甘い香りがした。



桜のような、けれどもっと優しく温かい匂い。


それが彼女自身の香りなのだと気づくのに時間はかからなかった。




「じゃあ……僕はこれで。」



そう言って立ち去ろうとしたとき、彼女の声が背中に届いた。



「待って。もし時間があればお茶でもしない?」



心臓が跳ね上がる音が聞こえた気がした。

振り返ると、美桜は少し頬を赤らめながら続けた。




「有澤君のこと、もっと知りたいし。」



その言葉に導かれるように、僕は頷いていた。