さくらびと。【長編ver.完結】





翌日、少し腫れた瞼を気にしながら、
蕾は夜勤に出勤していた。


あれから、何も考えないようにして仕事を一段落終えた。
休憩室にはひとりぽつんと蕾が佇んでいる。


暫くして、ナースステーションに誰かが入って来たのか、足音がだんだん近づいてきた。



「桜井さん、大丈夫?」



薄暗い休憩室に入るなり、有澤先生の心配そうな声が蕾を迎えた。

彼の視線は明らかに赤く腫れた蕾の目元に向けられていた。


「はい……問題ありません。」強がって答える蕾だが、声はかすれている。




有澤先生は、ゆっくりと蕾の隣の席に腰かけた。




「板垣先生から聞いた。"猪尾…千尋"さんのこと。」



その言葉に一気に体が凍りつく。


5年前の記憶が洪水のように押し寄せた。




院内での患者の自死。—看護師の蕾にとって、一番辛い経験そのものだった。



「そう…ですか。」


自分から言う前に、有澤先生に知られるなんて……。



蕾はショックで鈍器で頭を殴られたような感覚に陥った。



「桜井さんは何も悪くないよ。」



有澤先生は優しくも断固とした口調で言った。



「あの時の検証報告書も読んだ。自死のリスク因子は複合的で予測困難だったと結論されてる。」




「でも……!私がもっと注意深く見ていれば……!」



「それは不可能だよ。」


有澤先生の声に確信が満ちている。



「我々が全てを予測できるわけではない。」



「でも板垣先生は……私を責めてる……」



声が震え始める。ゆっくりじわじわと涙が再び溢れてくる。