6年、彼は私を「桜ちゃん」と呼ぶ距離に置いた。〜曖昧な優しさからの脱却〜

​――遥斗 side――
桜ちゃんの無邪気だった瞳に、わずかな影が差したことに気づいていた。
季節が秋に移り、日が落ちるのが早くなったころ。

一度だけ、閉店後、差し出された黒い傘の下で、二人の肩が、ほんの少し触れた。

​「……遠野さん」
​「ん?」
​「私、遠野さんのことが、少しだけ遠くなっちゃった気がします」
​「俺は、君に、俺の汚れた世界に入ってきてほしくないだけだよ。君の純粋さを、壊したくない」

​その言葉は、優しさの皮をかぶった**『警告』**だった。俺の身勝手な防衛本能だ。




​――桜 side――
彼の「警告」のような言葉を聞いてから、私はバイト先で、彼の一挙手一投足を、以前とは違う熱い感情で追いかけるようになった。
なんとか彼の心に食い込みたくて、以前躊躇した**「遥斗さん」という呼び名を、少しずつ口にするようになった。

​そして、高校2年の秋が深まり始めたころ。店の裏口。私は、遥斗さんが電話をしているのを聞いてしまった。

​「…美佳、久しぶり。最近どう?うん、全然変わってないよ。また近いうちに…」

​穏やかで、親密さを秘めた声。
それは私に向けられる「業務的な優しさ」とは全く違う、本物の感情がこもった声だった。

自分に向けられていない真実の優しさを知った瞬間、私の『憧れ』は、手の届かない『片道の恋』**へと、静かに形を変えた。