6年、彼は私を「桜ちゃん」と呼ぶ距離に置いた。〜曖昧な優しさからの脱却〜


​――桜 side――
高校2年に進級し、9月の終わり。

​相変わらず遠野さんは穏やかで優しいけれど、誰に対しても平等すぎるその優しさが、私を少しずつ不安の渦に巻き込ませていた。

​真帆に相談すると
​「それ、恋だよ、桜。気づいてないだけ」

​そして、真帆は核心を突いた。

​「でも、そのバイト先の人の優しさって、誰にでも平等で、線引きが曖昧じゃない?それが、逆に桜を不安にさせてるんだよ」

​真帆の言葉は、まるで頭を冷たい水で濡らされたかのように、私の中のモヤモヤの正体をはっきりさせた。
同時に、その言葉は私を深い絶望へと突き落とした。

​ああ、そうか。
この胸の痛みは、憧れなんかじゃなく、恋だったんだ。

そして、その恋の相手は、私にだけ特別な線など引いてくれない、誰にでも優しい「大人」だ。
そこから、遠野さんの何気ない行動が、全て違って見え始めた。

​「お疲れ様」という声も、「気をつけてね」という笑顔も、以前は無条件の安心感だったのに、今は私への特別な感情がない証明のように感じられた。

​遠野さんは、いつも心地よい距離を保っている。まるで、私という存在を、感情的な領域に入れないように、穏やかな微笑みという名の透明な壁で隔てているみたいに。
​彼の優しさの向こう側に、本当の気持ちがあるはずなのに、私にはもう手が届かない気がして、指先が冷たくなった。