​――桜 side――（23歳）
あれから3ヶ月が静かに流れた。
私は、新しい環境で必死に働き、自分の足で立つ力をようやく手に入れた。
3ヶ月ぶりの休暇で一時帰京した日。
立ち寄ったカフェの扉を開けたとき、彼がそこにいた。

​「……元気だった？」
「うん。遥斗は？」

​私は、無意識に、あの夜以来の呼び方で彼の名前を呼んでいた。

​「……会いたかったよ、桜」

​彼は目を逸らしながら、それでもまっすぐにそう言った。その一言が、6年間のわだかまりを一気に溶かした。


​――遥斗 side――
夜。俺の部屋で。桜の淹れたコーヒーを飲みながら、話し合った。彼女の顔つきは変わっていた。もう、俺が線を引く必要のない、一人の大人としていた。
指先が触れた瞬間、長い時間がやっと終わった気がした。

​「ねぇ、遥斗さん。転勤の件だけど…」

​桜はマグカップを置き、まっすぐ俺を見た。

​「私は、早くて３ヶ月で戻る予定だったの。でも、プロジェクトが予想以上に延びて、あと数ヶ月は戻れないんだ。来月には、また地方に戻らなきゃいけない」

​遥斗の心臓が、再び激しく締め付けられた。このままでは、彼女は完全に自分の人生から遠ざかってしまう。ここで言わないと本当に彼女を失うかもしれない。
​俺は、意を決して、美佳との過去に決着をつけたことを、全て彼女に話した。

​「桜。俺は、美佳との過去に決着をつけていたんだ。君と別れた直後にな。だが、その時、俺自身の弱さから、美佳との清算を君に伝えられなかった。また曖昧な優しさで君を傷つけるのが怖くて、口を閉ざしたんだ。
俺がずっと蓋をしていたのは、美佳との過去じゃなく、君を傷つけたあの臆病な俺自身だったんだ。
今度こそ、曖昧な優しさで、君を傷つけない。
桜、俺は、君のことが…本気で、誰よりも好きだ。だから、今度は逃げずにずっと君を待つつもりだ」

​遥斗の言葉は、すべてをさらけ出した**「決意」**だった。