6年、彼は私を「桜ちゃん」と呼ぶ距離に置いた。〜曖昧な優しさからの脱却〜

​――遥斗 side――
彼女が去った後の部屋で、俺は光を失ったように立ち尽くした。心臓が、鼓動を再開するのを拒んでいるみたいだった。
桜の問いかけの言葉の重さが、俺の全身を押し潰した。

「もし、私が誰かと幸せになろうとしたら、そのとき、あなたは――どうする?」
(なんて残酷な問いだ。彼女は、自分の人生をかけて俺に答えを求めた。なのに、俺は…沈黙を選んだ)

美佳との過去は、もう遥か昔に終わらせたはずだ。
それなのに、なぜまだこんなにも踏み出せないんだ…

俺の心の奥底にあるのは、美佳を傷つけた罪悪感だけではない。桜という、あまりにも純粋で、誰よりも深く愛している存在を、この手で**「永遠に失う」ことへの根深い恐怖だった。
愛すれば愛するほど、臆病になる。その恐怖が、俺に「未来を約束する責任」を負うことを拒否させた。

机に突っ伏し、頭を抱える。

「美佳との『決着』はつけた。でも、桜に与えてしまった『罪悪感』だけは、まだ拭えない。俺は、いつまで過去の自分に囚われて、目の前の君を失う恐怖から逃げ続けるんだ…」

俺は、真実の愛を言葉にするべきタイミングを、最悪の沈黙で踏みにじった。
それが、彼女の問いに対する、俺の最悪の答えだった。
この瞬間、俺は彼女の未来を曇らせる鎖になった。
窓の外の冷たい空気だけが、俺の醜い自己嫌悪を嘲笑しているようだった。