​――桜 side――
窓の外は、やわらかな朝の光。
昨夜の激しい鼓動の余韻が、冷たい部屋の空気の中で薄れていく。遥斗さんの隣で迎える朝は、いつも一瞬の夢のようだ。

「ねぇ、遥斗はあの夜のこと後悔してる？」

遥斗は曖昧に首を振った。

「後悔なんて、するわけない」

その言葉は、昨夜の情熱は嘘ではないと教えてくれたが、同時に、彼は私に永遠の線を引いていることも意味していた。

私はコートを手に取りながら、心の中で最後の言葉を整理した。もう、彼の弱さに寄り添うだけではだめだ。私が変わらなければ、私たちは永遠に、この曖昧な檻から出られない。

「……遥斗」
「ん？」

私は、冷たい窓の外の景色に目を向けた。

「もし、私が誰かと幸せになろうとしたら、そのとき、あなたは――どうする？」

背後で、遥斗さんが息を飲んだ気配がした。凍りついたような沈黙。

（お願い、遥斗。私を縛る鎖を、あなたの言葉で断ち切って。私を、この逃避行から、解放して）

遥斗は、その問いに声が出なかった。
答えを口にすれば、それは彼女を縛る鎖になる。沈黙が、彼の臆病さのすべてを語っていた。
その沈黙は、私にとって、もう何年も前から知っていた**『未来のなさ』という名の答えだった。

「……もう、いいよ。答えなくて」

桜はそう呟くと、ドアを開け、冬の冷たい空気の中に消えていく。
私は、彼が「曖昧さ」から脱却するのを待つことはできない。自分から行動を起こすしかないと悟った。

（私は、もう『桜ちゃん』じゃない。次に会うときは、あなたを真正面から受け止められる、対等な私でいるから。）