​――遥斗 side――（30歳）
「元気でいてくれたら、それでいいはずだ」

​そう言い聞かせながら、本当は**「誰の隣にもいないでくれ、俺のそばにいろ」と願っていた。その矛盾こそが、自分の弱さの証明だった。

​この3週間、自らの手で彼女との線を引いたものの、その夜、孤独な部屋で、募る想いが限界に達していた。

​（会いたい。いますぐ、君の声が聞きたい。この沈黙は、彼女を突き放す優しさなんかじゃない。俺の、最低の自己満足だ。）

​俺は、震える指でスマホの画面をタップした。送信ボタンを押すまで、数秒の永遠を感じた。

結局、遥斗が送ったのは、短く、一見無難なメッセージだった。

​――「桜ちゃん、元気？」

​それは、曖昧な優しさの皮を被った、彼自身の抑えきれない「いますぐ会いたい」**という本音だった。
それが、再び二人の距離を動かす最初の小さな一歩となった。


​――桜 side――
その夜、桜は眠れずにいた。窓の外に雪が舞う。
この三週間、遥斗さんからの連絡は一切なかった。別れの翌朝の「ごめん」という言葉が、私の心を切り裂き続けている。

​（このまま、また自然消滅してしまうの？ 私たちの恋は、いつも彼の「曖昧さ」で終わってしまうの？）

​そんな絶望に包まれ始めたとき、スマホが一度だけ、かすかに震えた。
画面に映し出された、たった一言。

​――「桜ちゃん、元気？」

​心臓が一瞬、強く跳ねた。涙が、急に止まらなくなった。

これは、曖昧な優しさではない。
この一言は、彼がどれほど自分と戦い、どれほど苦しんで、私に手を伸ばしてくれたかの、純粋な証明だった。抑えきれない感情が漏れ出した、純粋な**「会いたい」**というメッセージだと、桜にはわかった。
それが、再び二人の距離を動かす最初の小さな音だった。