​――遥斗 side――(29歳)
俺は、また、最低な逃げを選んだ。彼女を抱きしめた直後から、再び明確な線を引いた。

​「週末に、また会える?」

​メッセージで尋ねる桜に、俺は「ごめん、仕事が立て込んでいる」と返信した。

​(美佳との過去は、もう清算した。それなのに、なぜ、俺は運命に抗うように、彼女の愛を拒絶してしまうのか…!)

​それは、彼女の無垢な愛を受け止めると、その重さに押しつぶされ、また曖昧な優しさで彼女を傷つけてしまうのではないかという、過去の失敗から生まれた新たな恐怖だった。

彼女の純粋さ、一途さが、逆に俺の臆病な逃避癖を刺激する。この恐怖こそが、過去の失敗を繰り返す、俺の**『曖昧さの連鎖』**だった。



​――桜 side――
あの夜から、もう三週間が経った。
連絡は、また途絶えた。

​週末の夕方、会社帰りに、高校時代によく通った小さな公園の前を通った。ベンチには、見覚えのある、濃いグレーのコート。

​「……遥斗さん」
「……桜ちゃん」
「桜ちゃん、あの夜のこと……後悔してない?」

​遥斗が、静かに尋ねた。

​「後悔……してないよ。ただ、忘れられなくなった。だって、ずっと、好きだったから…」
「俺も。忘れようとしたけど、無理だった」

​遥斗がそっと手を伸ばし、指先が触れる。

​「……桜ちゃん、また、会ってもいい?」
「…うん……」
「俺は、また同じことを繰り返すのが怖いんだ。俺自身の弱さで、君を傷つけるのが。
美佳との過去は終わらせた。でも、このまま君といたら、また曖昧な優しさで傷つけてしまう気がする」
「わかってる。私も、あなたの**『過去』を終わらせられない**。でも、曖昧でもいいから」

​彼の本質は変わっていない。
それでも、今の私には、彼の**「曖昧さ」を受け入れる、哀しい覚悟**があった。