コンコンコン。

学年末試験が終わった後の放課後。

数学教師室のドアがノックされ、女生徒が一人で入って来た。

「浅倉先生いらっしゃいますか?」
「三橋さん?」

三橋さんは小林の友人で同じバレー部。小林がはっちゃんと呼ぶ子だ。

俺にも気軽に話しかけてくる明るい生徒の三橋さんが、怒ったような真剣な顔をして俺の前に立った。

「先生。質問があるんですけど、いいですか?」
「はい、もちろん。 
どの問題ですか?」

「・・・指導室か、他の教室がいいんですけど」

三橋さんが何人かいる他の数学教師にちらりと目を向けた。

数学で分からない問があったのかと思ったが、どうやら違いそうだ。

小林さんのことで何か相談があるのだろうか?


「いいですよ。 
それでは、どこか空き教室で話しましょうか」

そう言って二人で教室を出た。

並んで歩いている間、いつもおしゃべりな三橋さんが何も話さない。

開いてる教室はたくさんあったが、三橋さんは入らない。

仕方なく、無言のまま二人で廊下を歩いた。

窓の外から微かに聞こえる、運動部の掛け声。
金属バットにボールが当たる高音。
吹奏楽部のトランペットの音。

「三橋さん、部活に行かなくていいのですか?」
「・・・・・」

「僕に話があるんですよね?」
「・・・・・」

「小林さんのことですか?」

三橋さんが立ち止まった。
俺は一人で数歩先に進んでいた。
立ち止まって振り返る。

真っ直ぐに見つめる三橋さんは、その目に怒りを滲ませていた。
「すみません。廊下で話すことではなかったですね?」

俺は卒業した3年生の教室のドアを開けた。
廊下に立ったままの三橋さんを置いて、中に入って生徒の机を4つ移動させて、面談座りのようにした。

もし誰かがのぞいたとしても誤解されないような座り方だ。
女生徒と二人、放課後の教室にいるのだから、このくらいのリスク回避はしておかなくてはと思った。

同時に、小林に対して全くリスク回避をしていない行動を顧みた。
普通、担任でもない一生徒のために何度もお見舞いになんて行かないし、学校外で会ったりもすることはないだろう。

「さ、座ってください」
廊下に顔をだして、三橋さんを呼んだ。
そして、三橋さんと対角になるように席に着いた。


「それで、僕に質問って何ですか?」