離婚するはずが、凄腕脳外科医の執着愛に囚われました


別名、海綿状血管腫。ラズベリーのような見た目の異常な血管の集合体のことを指す。まずは手術を行わずに経過観察をする保存的治療で改善を待った。脳幹は呼吸、運動、感覚などの中枢が密集しており、手術のリスクが高い。たった〇、一ミリのズレが重篤な後遺症を引き起こすため、万が一にも彼を失うわけにはいかなかったのだ。

そうして病気発覚から二年。オリバーの症状は緩やかに進行し、ついに彼は決断を下した。

『僕は生涯医師であり続けたい。だからこそ手術を望む。律、君に頼めるかい?』

律に異存はなかった。このままでは麻痺が進み、手が動かなくなってしまう。脳神経外科医は髪の毛よりも細い血管を相手にしているのだ。〝神の手〟と呼ばれたオリバーにとって、手に麻痺が残るのはなんとしても避けたいだろう。

同僚の中には『デイビス医師の手術を、あんな若手がするなんて』と批判的な人間もいたし、『リスクが高すぎる』と心配してくれる同僚もいた。どんなに簡単な手術だろうと、百パーセント成功すると言い切れる手術はない。

まして相手は律の恩師であり、世界の脳外科医の頂点に立つオリバー・デイビスだ。万が一のことがあれば、律の医師としての将来は確実に潰れてしまうだろう。

それでも、律は手術する選択をした。

病変は脳幹に埋もれるようにして存在していたため、脳幹の一部に切開を加え、圧排された神経組織を損傷しないよう細心の注意を払う必要があり、開頭手術は十時間にも及んだ。