律は瞬時に否定するが、未依の心は鉛を飲み込んだように重いまま。しかし、今はゆっくりと話をしている時間はない。
「悪い。ふたりとも詳しい話はあとで。側頭部に出血がありそうなんだ。脳挫傷の所見もある」
櫂が会話に割って入った瞬間、律は未依の夫から脳外科医の顔になる。
「腫れは? 圧迫してそうなのか?」
「あぁ。その兆候がありそうで手術適応だと思う。兄貴に未依のストーカーの手術を頼むのは心苦しいんだけど」
「それとこれとは別問題だ。行こう」
律は間髪を入れずに答えて立ち上がる。
いくら橋田が未依を恐怖させたストーカーとはいえ、怪我をして病院へと運び込まれたのなら等しく患者だ。感情と切り離し、全力で彼を助けようとするだろう。
律の医師としての矜持を見せつけられ、改めて尊敬の念を抱く。
すぐに背を向けて去っていくかと思いきや、律は振り返って未依を見下ろした。



