滅多に笑わない彼が未依を妻だと公言して笑顔を向けたり、その未依に手を上げたアメリカ人モデルに対して尋常じゃない怒りをぶつけたりと、あの病棟での騒動はとにかく目立っていた。
看護師のあかりが気を利かせて空いているカンファレンスルームを手配してくれたが、未依に付き添う律の姿は見ていた大勢の人間の目に過保護で甲斐甲斐しい夫に映ったようで、普段とのギャップに病院中を驚愕させたらしい。
さらに後日、オリバーがスタッフステーションに騒動の謝罪に訪れたことから、そのアメリカ人モデルが律の師事した〝神の手を持つ男〟の孫娘だという事実まで明らかとなった。アメリカでインフルエンサー兼モデルとして有名であり、全米に名が轟くほど優秀な脳外科医の孫娘。そんな女性をこっぴどく振ってまで、律は未依を選んだのだ。大切にしていないはずがない。
その結果、どんな美女が束になってかかろうと律を落とすのは不可能だという話が院内を駆け回っているのだった。
「『律先生の笑顔は妻限定』らしいじゃないか。いやー、若いもんはいいなぁ」
「もう、からかわないでください。笹井さんは今日、退院前の最後の検査がありますので、あとで採血させてくださいね」
「最後の検査かぁ。まさか年内に退院できるとは思ってなかったな」
笹井は長男が受験を控えているため、早めに退院して見守りたいと言っていた。いつも陽気な笹井だが、昨日退院日が決まったと知らせてからはよりテンションが高い。
もちろん、未依にとっても喜ばしい。看護師として一番やりがいを感じる瞬間は、かかわった患者が元気になって退院していく姿を見ることなのだから。



