「だめなら、ぼく書き直すからおしえ――」
「いいえ!」
「……!」
フルフルからの急な大声に、ぼくはビクーとなって椅子から落ちそうになった。
「素晴らしいですわ!」
「え、そう?」
「はい! 本当に……なんて素敵なお手紙なのでしょう!」
「私たち、たいへん驚いてしまって……失礼いたしました」
「じょうずに書けてる?」
「ええ! ええ! これが……まさか、はじめてのお手紙だなんて……」
「信じられませんわ!」
「サファさまはきっと、すごい才能をお持ちなんですわ!」
「え、おてがみの?」
手紙を書くのに才能とかあるのかな? まあ、上手い下手はあると思うけど。
「ええ。というより、文章を書く才能ですわ!」
「え、そうかなぁ」
「将来はきっと国文か文学の博士におなりですわね」
「えっ」
「もしかしたら、素晴らしい文豪になられるかも!」
「ええっ」
「文官の長、という道も考えられますわよ」
「えええっ」
すごい。一気に話がおっきくなった。
あと、親ばかならぬ、侍女ばかがすごい。
「将来が楽しみですわね!」
「本当に! 5才でこんな素敵な文をお書きになるんですもの」
「ゆくゆくはきっと――」
「……」
しまった。
ぼく、15才までの能力しかないから、ここからあんまり成長は見込めないんだけど……。こんなことなら、もっと下手な感じに書けばよかった。
でも、下手に書くのってむずかしくない?
上手に下手に書く(?)自信がないから、普通にやったほうがいいよね、って思ったんだけど。
「さあさ、素晴らしいお手紙、さっそく殿下にお届けしましょうね」
「でんか、読んでくださるかなぁ」
「もちろんですわ。きっと喜んでくださいますわよ」
「頑張って上手にお書きになられて、お偉かったですね」
「えへへ」
にこにこ全開でそう言われると、素直にうれしい。
「みんな、お手伝いしてくれてありがと」
侍女さんたちは宣言通り、書きたいと言った翌朝には、何種類もの上等な紙の便箋と封筒、それに封蝋の道具まで揃えてくれていた。
「おそれいります、サファさま」
なにかしてもらったらお礼が基本。侍女さんたちはなんでもしてくれるから忘れそうになるけど、普段からちゃんとお礼を口にしないと。
それが将来の裏切りをふせぐのだ。……たぶん。
「なにかありましたら、いつでもおっしゃってくださいませ」
「ご入用のものとか、してほしいこととか、食べたいものとか」
「……! 食べたいもの」
おかしとか言ったら、用意してもらえるんだろうか。
「はい。なにか食べたいものなど、ございますか?」
「サファさま、こちらにいらっしゃった当初、お菓子や果物なども、なにも必要ないとおっしゃっていらっしゃいましたが……」
「……!」
そうだった! こっちに来てすぐの頃は、いろいろ気を使われたけど、なにしろひとりで唐突に国外に放り出された5才児、しかも人質。何ひとつ信用ならん、と完全拒否してたんだった。
「あの、それは……」
「わかっておりますわ。サファさま」
「こんなにお小さいのにおひとりで国を離れてこちらにいらして、お心細かったんですよね」
「本当に……どれだけ、不安でらしたか……」
「考えただけでも胸が潰れそうですわ」
「え……あの、でも……今は、みんながやさしくしてくれるから……」
「本当に! ようございましたわ」
「数日前、急にお人が変わられたように安らかになられて」
「あ……」
あれ……? そういえば、前世の記憶が戻ってから、いきなりぼくの人格で動いてるけど……もしかして、急に性格変わった感じになってる?
え、なってるよね……?
ここに来て半年、完全に心閉ざしてた幼児――
急に感情全開のアホの子になる!
「あれは3日前でございましたね」
あわわわ、別人になったタイミング、しっかり日時まで把握されてる。
「ええええ。朝お目覚めになるなり、和やかにお話くださって」
くっきり別人になったの、ばれてるぅぅ!
「本当に。忘れもしませんわ、あの日のことは」
えええ、忘れてほしかったのにい……。
「あれはその……」
どどど、どうしよう。どう言い訳する?
「なにかあったのですか?」
「え、っと……」
どうしよう、ノープランなんですけど。
なんか、アドリブ要求される場面多くないぃ? なんでちゃんと考えておかなかったんだ、ぼく。ほんと、うかつにもほどがある。
「じつは、あの――」
はい。おばかーー。
実は、って言っちゃったね? 今、ついうっかり、流れで言っちゃったよね? そんなこと言ったら、なんか説明しなきゃいけなくなるじゃん。
「はい」
ほーらほら、全員聞く体制に入っちゃってる。3人、なんでしょう?って顔を並べてる。
困った。ある朝、突然、まったくキャラ違いの別人になっちゃった説明、どうするの?
「えっと……あの――」
えっと、と、あの、で引き伸ばすのもうムリ。
「あの夜、こわい夢をみて、それで……」
まあある意味怖い夢だよね。自分が10年後、冤罪処刑される悪役王子様に生まれ変わってるのを知っちゃった夢だもん。
「それでびっくりして目がさめて……」
ここまできて、まだノープラン。もう知らない。なるようになれ、だ。
「そしたら……」
3人は、それでそれで?な顔を並べている。気のせいか、さっきよりも顔が近い。
「アンとドゥとロワが――」
名前まちがってないよね。まちがえたら、すごい減点だ。好感度の急低下はさけられない。
「はい」
うんうん、とうなずいてくれる。ってことは正解、セーフ。
「すごく、心配してくれて……それで、今までもずっと、ここに来てからずっと、やさしくしてくれてたなぁって思ったら」
それはそう。いきなり取るに足りない小国から来た幼児の世話をしろっていわれたのに、ひとりも嫌な顔をせず、あれこれと気づかって、面倒を見てくれた。
「なんか、そう思ったら、急に胸がかるくなった気がして、それで――」
「まぁ……まぁまぁまぁ!」
「そうだったのですね……」
「サファさま……」
3人は、いっせいに目をうるうるさせてぐいぐいと顔を近づけてくる。
「私たちは、ずっとサファさまの味方ですわよ」
「……ありがと」
……まあ、ずっとじゃないかもだけどね。
原作では、10年後、僕の味方をしてくれる人はゼロだ。
とはいえ、この3人がぼくを、というか王子を見捨てるまでには、まだしばらく猶予がある。
このあともずっと心を閉ざしたまま、気持ちを試すみたいにどんどんワガママがひどくなって、それであるとき一線を越えて、それでとうとう見捨てられるんだ。
「うぅぅ……見捨てないで……」
思い出したら、急にものすごく悲しくなった。
ひとりぼっちで口々に糾弾され裁かれる原作のぼく、どんなに苦しかっただろう。ぼくは、どうやってもあの未来を回避しないといけない。
回避できたら、あのかわいそうな冤罪の王子は存在しなくなるんだ。
「まぁ……」
「まあ、どうしてそんなこと」
「見捨てるなんて、そんなこといたしませんわ」
「サファさま……!」
もうすでにうるうるしていた3人は、一気に感極まったように声をつまらせた。
「サファさま、ううう……」
「大丈夫ですからね。なにも心配なさらずに」
「私たちも、王太子殿下もついていてくださいますよ」
「わぁぁん……ありがとう。ぼく、いい子にするから……」
無事、ぼくも目の蛇口がこわれ、4人でにぎやかに水漏れを起こした。
***
――あれ?
その日の夜、ふかふかのベッドに寝かしつけられ、ちゃっかり絵本まで読んでもらって眠りについたぼくは、とつぜん、バチーと目を開いた。
――ぼくってなんで、こんなに大事にされてるんだっけ?
ぼくは今、この国からすると、取るに足りない小さい国から適当に放り出されてきた、名ばかり王子の人質くん。
5才だからなにもできないし、なにも知らない。国での扱いがあれなので、言ってしまうと、人質としてもあんまり価値がない。つまりは役立たずだ。
なのに、前世とそこで読んだお話のことを思い出してから、周りの人はみんな親切。とはいっても、実際に関わっているのは3人の侍女さんと王太子殿下。
でも、今のところ他の誰も、いじわるをしたり、悪口をいったりしている感じはない。
もちろん、知らないところでどう言われてるかは、わからないけど。
ぼくが知る限り、10年後にぼくに罪を着せて処刑させるような人はいない。
「あれ?」
そこまで考えて、ぼくははた、と目を覚ました。
ぼくに罪を着せて殺すのは、誰?
今まであった中にいない……? これから現れる? 原作のお話ではたしか――
「…………」
どうしよう。肝心なその部分が思い出せない。
「なんで……」
どうしても、何ひとつ思い出せない。
覚えているのは糾弾され、裁かれて、処刑を言い渡されて、それで――
「わからない」
肝心な、ぼくを死に追いやる仇についての情報が、なにもない。
全部思い出したはずのぼくの頭の中に、何一つない。
どうして、今まで気が付かなかったんだ。
――じゃあ、どこに敵がいるかわからないってこと?
急にゾワッと寒くなる。
やわらかいパジャマであたたかいベッドにはいっているのに。
ぼくは、5才の幼児ボディにはずいぶん大きいベッドの中に、ぎゅっと潜り込んで目を閉じた。
