「なにがあった!」
「ふぇ……?」

ふわふわうさたんに一生触れることもなく、あえなく処刑される10年後を思ってうっかり泣いていたぼくは、急な訪問者にびっくりして顔を上げた。

「……はっ! これはこれは――」
「お迎えもせず、失礼いたしました」
急に来たからお迎えはムリと思うけど。

「よい。それより、どうしたのだ」
寝起きでべそべそしたぐしゃぐしゃのぼくの前に現れたのは、朝から目がくらむほど美しい王子様だった。

「――ふぇ、でんかぁ」
なぜ、ここに? え、まだ夢? とか考えていたら、寝ぼけた口は間抜けな声を出していた。

「まったく、どうしたのだ? そんなに泣いて」
侍女さんが拭おうとした手ぬぐいをさっと受け取って、王太子様はぼくのべしょべしょほっぺを、そっとポンポンしてくれる。

うそだぁ。こんなに優しい王子様……ありぃ?

「うっ……あの、なんでもないですぅぅ」
「なんでもないことは、ないだろう」
「ふぇ……」

ていうかね、自分でもなんでそんな泣いてたのか良くわからない。
わかってるのは処刑ダメぜったい!ってことだけだけど、それはさすがに口に出せない。つまり、なんて言っていいかわからない的な。

「本当か? そのように泣いているのに」
「だいじょうぶです。ちょっと、こわい夢をみただけです」
あわわ、侍女さんに使った言い訳をそのまま使い回しちゃった。あんまり頭が回ってないからぁ。

「……そうか。異国でひとりきり、心細いだろうしな」
は! あぶないあぶない。侍女さんもいるのに、違う言い訳したらそれは「あれ?」ってなるやつだった。手抜き使いまわし正解。

「あ……」
「? いかがした?」

「あのぅ……おはようございます」
しまった! まだ挨拶もしてなかった。しかも王太子様はカンペキな姿で、ぼくはまだベッドの中で顔も洗ってないべしょべしょだ。しかも、それを殿下に拭かせた。

えっ、ぼくまずくない、これ? さすがに不敬罪ってやつに問われるやつ。

「ああ、おはよう」
「ごめ、ごめんなさい。ぼく、まだしたくがあの、あの……」
「いや、いい。早い時間に突然来てしまって、悪かった」
「……っ! いいい」
「いいい?」

びくびくしながらごめんなさいしたのに、逆に謝られてしまって、ワタワタしてしまう。

「いえ! あの、お会いできてうれしいです」
よし。いい感じのごあいさつ。
「はは。ようやく笑ったな」
あれ? そういれば、王太子様はなぜ朝からわざわざぼくのところに?

「あのあの。ぼくにご用でしたか?」
「ああ、そうであった」

王太子様はふふふ、と意味ありげに笑うと、後ろのほうにちょっと手を上げて合図をした。

「――こちらでございます」
隅っこに控えてた殿下のお付きの人が、大きな箱を持ってきた。
い、いつのまにそこに……。

王太子様の護衛のひととかお付きの人は、いつもあんまりいない感じでそこにいる。気がつくといるし、たぶん気づいてないときもずっといる。
だからきっと、昨日みたいに殿下と一緒にいるときは、ぼくの行動も全部見られてる。バタバタしたり、アワアワしたり、それに、べしょ泣きしてたのも……全部。

――はずぅ。だいぶはずぅぅぅ。
気をつけよぉ……今後もうちょっと気にしよ……、ほんとに。

「今日はこれを持ってきたのだ」
気配ゼロから急に現れたお付きの人さんに羞恥心をゴリゴリ突かれているうちに、箱がぼくの目の前にドーン。

「わぁ、おっきい! きれいなはこ。リボンもついてる、すごい」
「そなたのものだ。開けてみよ」
「ええ、これ……ぼくが? こんなに大きくてきれいなはこを?」
「はは。大事なのは中身だ。さあ、開けてみよ。そなたのものだ」

こここ、これは……プレゼントというやつだ!

「わぁぁぁ」

前世を思い返してみても、今の人生を思い出してみても、こんなしっかりプレゼントを貰ったことはない気がする。
かろうじて、前世の小さい頃は誕生日やクリスマスにちょっとしたプレゼントをもらっていたが、割と早めに打ち切りになったので、相当に昔の思い出だ。

今度の人生ではなんか華麗にスルーされまくってまともに祝ってもらったこともない気がする。

……かなしい。小さいとはいえ、いちおう一国の王子だったのに。

「あの、でんか! ありがとうございます!」

今すぐ手を伸ばしたくなるのをこらえて、わくわくで王太子様にお礼をする。

「――あっ」
勢いよくお辞儀をしたら、きれいな箱に頭をぶつけてしまった。

「んっ、大丈夫か?」
「あわあわ……」
ぼくはあせって箱をさわさわしてみる。……よし、問題なし。

「だいじょうぶです! はこ、へこんでません!」
「いや、そちらではなくそなたの頭の方は――ちょっと見せてみよ」
「え」

ぼくの寝グセだらけの頭をキラキラの王子様にお見せするのは、だいぶしのびない。

「――はい」
でも、断るのもあれだ。ぼくはホイ、と頭を差し出してみる。

「うむ……どこも切ってもおらぬし……問題ないようだな」
頭をひとしきり、さわさわされて、点検されただけなのに、ちょっと嬉しい感じになってしまう。だってぇ、なでなでされたみたい。

「はい……ふふ」
「よしよし。それでは今度こそ開けてみよ。焦らなくていいぞ。ゆっくりな」
「はい!」

うきうきわくわくソワソワしながら、そろっとリボンに手を伸ばす。
「むむむ、これ、どうやって――」
どうやって取るんだろう、と先をちょっと引っ張ってみたら、しゅるるる、と滑らかな音をたててリボンがほどけてきた!

「わわわ、とれたっ!」
「うむ。包み紙ははずせるか?」
「はい!」
「やぶって構わぬぞ」
「はい。でも、せっかくきれいなのに……」

ええと、と箱を横から見てみると、丁寧に止められたテープが見つかる。
「ここ!」
テープを慎重にはずし、紙を広げ、どきどきをこらえながら箱の上のふたを開ける。
まるで、宝箱を開けるような気持ち。

ふたの下から出てきたのは――

「……ふわふわ?」
ふわふわのなにか、箱のすき間を埋めるモコモコのなにかに囲まれた、ふわふわのなにかだ。

「モコモコのなかに、ふわふわがあるっ!」
視界がすごくやわらかそうで、一気に気持ちがわあッとなる。

「さあ、出して見よ」
「はい!」
ぼくは、モコモコから突き出した2本のふわふわの下をうんしょ、と探った。

「あったあ! んー、よいしょっ!」
スポンと抜けて、ぼくの目の前に現れたのは――

「……! わあっ!!」
真っ白ふわふわ、やわらかい長い2本の耳を持った……

「うさ……うさたんっ!?」

まっしろふわふわなうさぎのぬいぐるみ!
そっと、抱っこしたら――

「わあぁぁぁ……ふわ、ふわふわ……わぁ」
「はは。気に入ったか?」

「はいっ! すごい……ふわふわ……やわらかい。うさたん、かわいい、ふわふわ……」
「はは、よほどふわふわが好きなのだな」
「はい……」

腕の中にぎゅっとできる大きさのやわらかいうさぎ。
かかえてると、胸の中もふわふわやわやわ~になったみたぃぃ。

「うむ。気に入ったようでなによりだ」
「……っ! でんかっ!!」
「ん?」
「え! あの!」
「なんだ?」
「これ、これ……ぼくに?」
「ああ、もちろんだ」
王太子様は、なにをいまさら、という顔でおかしそうに笑う。

これを!ぼくに! こんなふわふわで白くてかわいいうさぎを、ぼくに!

「わあ! あぁっああ! ありがとうございますっ!」
「ああ」
「わぁぁ、ほんとに! ほんとおに、ありがとございます!」
「ははは」
王太子様は、笑いながら手を伸ばして、うさぎごしにぼくの頭をなでなでした。

「でんかが――」
「ん? どうした?」
「こんな、かわいいうさぎを、ぼく、ぼくのために……」
「ああ。本物でなくて悪いのだが、気に入ったようで安心した」
「えっ!」

そんな、そんな――

「うう……」
「サファ?」
「うわぁぁ……!」
「ど、どうしたのだ? なにを泣く?」
「うれ……うれし……ぼく、こんな、すてきなおくりもの……はじ、はじめて、で……ううっ」

「サファ……」
王太子様はニコっとしてから、なんでか少し困ったような悲しそうな目をした。そして、ぐっと身を乗り出して、うさぎごとぼくを腕の中にぎゅっとする。

「でんかっ、ぼく、ぼくが、あの――」
「ああ」
ぼくの目の蛇口はずっと壊れっぱなしでダメ。ちゃんとお話もできない。

「きのう、うさたんの絵が……それで、ふわふわ好きって言ったから――」
それでも、殿下は、うんうんしながら聞いてくれているみたいだった。

「ああ」
「だか、だから、このうさたん、さがして、ぼくに、ぼくのために……ううっ」

「私がそうしたかっただけだ」
「……っ!」
なにぃ? なにぃぃぃ? この王子様ぁぁ――??


す――

すきぃ!

「あい、ありがとうごじゃいます……うう」
「ああ、もうあまり泣くな。目がはれてしまうぞ」
「あい……ぐすっ」
「ほら、また今日も王宮を探索するだろう? 支度を整えて、食事をしておくといい」
「はい!」
「よしよし」

殿下は、まるでぼくがふわふわのやらかいうさぎになったみたいに、そっと頭をよしよしして、もう一度やさしくぎゅっとして、そして部屋を出ていった。

ダメかも。

ぼく、前世も今の人生もそんなにないんです。優しくされたこと。

つまり優しさ耐性、激低。

だからダメ。

信じちゃいそうになる。好きになっちゃう。

あぶないあぶない。
15才を乗り越えて、処刑回避が確定するまでは、ぜったい誰もそんな、あんまり、ゼッタイ的には信用……しない、ぞ……うん。

ぼくは、うでのなかのやわやわキュートうさぎを抱きしめながら、自分に言い聞かせた。