よし、逃げよう!
翌朝、ぱっちり目を開けた瞬間、さっくりと決意。

そうだそうだ! あの事件が起こる前だよ!
15才になる前にここからいなくなっちゃえばいいんだっ!

できるだけ早くいなくなって、国の大事な情報とか知ることもなく、誰からも忘れられて、どこにいるかもわからなくなっちゃうのが一番!

「…………」

ただ、問題はぼくが一応、人質ってこと。
ぼくの母国がほんのり怪しい、この国に敵対するんじゃないこれ? みたいな信用できない動きをするから、保険としてぼくがこの国に連れてこられてるという現実。

出てくね!って言って、いーよ!とはなるわけがなく。
そうなると、こそっと出ていくしかない。

でも、そうすると母国が危ないかもしれないかもしれない。よくて新しい人質、悪いと――
「……ダメかも」

ぼくを、関係値のあぶない国に人質に適当にほいほいよこした、薄情で雑な家族と母国だけど、ぼくが逃げ出したせいでなんかあったら、やっぱりちょっと……けっこう良くない。

でも、あの人たち「誰かよこせって人質ってこと? まぁ、サファならいいよ。どーぞ」ってめちゃ軽いノリだったよな。

ぼくが幼児だしわかってないだろうと思って、一応親ってことになってる王さまとか、目の前で雑談以下の10秒のやり取りで即決して、雑にぼくをポイッと投げ渡した感じだしぃ……。

大臣とか偉いさんたちも、まぁこいつならいっか。第3王子だし、なんかちょっとアホだし、みたいな顔でうなずいてたし。

「母国ひどい。ゆるせない」

でも国民はわるくないし、あの超絶テキトー王さまと重臣さんたちでも、なんかあったらイヤかもしれない。……うーん、ちょっと、かすかに、ほんのりだけど。

「あーーん!」
じゃあいったいどうしたらいいの? どうやってここから誰にもとがめられずいなくなったらいいの?

「サファさま! どうなさいました!?」
「お目覚めですか!」
「なにかありましたか?」

ベッドの上でジタバタしていたら、聞きつけた侍女さんが3人そろってやってきた。

「なにもないよ。おはよぉ」
ぼくは慌てて、なんでもないですよ顔をしてみせる。

「ですが今、あーーん!、ておしゃっていらしたので」
「……!」

侍女さんは、なぜかムダに上手なぼくマネをしながら、心配顔をグイッと寄せてくる。

「それはその……ゆ、ゆめをみて」
ひねりのない言い訳といってはいけない。目覚めの奇行にはこれがいちばん自然な言い訳なのだ。

「ああ……そうだったのですね」
ほら、わかってくれた。

「やはりおひとりでお寂しいから……」
「うさぎを飼えないと言われたからかもしれませんわね」
「残念がってらしたと、殿下が気にしてらっしゃいましたものね」

いや、そういうわけでは……。
昨日の美術館での、うさぎさんかわいいけど触れ合えない問題(?)は、王太子様によってだいぶ大げさに伝えられていた。

「あの、うさぎさんのことはだいじょうぶだから――」
「まぁ、なんて健気な……!」
「え、あの――」
「こんな異国の地で、せめて小さな可愛らしい動物でも飼えたらよろしかったのに……」
「王宮では、疫病や衛生の問題で、全面的に禁止されていますものね……」

ぼくはあの絵を気に入っただけなんだけど――
でも、言われてみればたしかに、あんなふわふわのうさぎがいてくれたらいいだろうな、という気持ちになってくる。

うさぎはふわふわであったかいしやわらかい。それに、ぼくが悪いことをした、とか嘘を言ったりもしない。毎日なでさせてくれたら、安心できそうだし。

「うさたん……」
別に飼いたいとかそんなふうに思ってたわけではなかったのに、昨日からみんなが「飼いたいんでしょ」って言うからぁ……。

「ふわふわうさたん……うぅ」
ぼくはこの先もずっと、あんなふわふわやわやわ、かわかわに可愛いうさたんに触れることもなく、10年後に処刑されるんだ。

そう思ったら……なんだかまた、目の蛇口が壊れちゃったみたい……。

「ぴぇ、ふぇぇん……」

「なにがあった!」
そのとき、遠くから誰かの慌てた声が聞こえてきた。