雪白さんと出会うまではなんの色もない世界だった。
20代くらいの頃に彼女がいたことはあったが自然消滅し
その後もずっと一緒にいたいと思えるほど惹かれる女性はいなくて
段々と誰も同じに見えてきてしまい
気づけば恋愛なんてどうでもいいと思っていた。
それから年月はあっという間に過ぎ俺は人生の半ばに差し掛かった
この歳になれば特段やってみたいことも行きたいとこもある程度は行き尽くしたし、たまに友達と出かけるくらいで
ほぼ仕事と家と往復の日々に毎日退屈していた。
週明けの月曜日
俺は「はぁ・・・」と深いため息をついて仕事へ向かう。
職場につきタイムカードを押そうとすると同僚が
ウキウキした表情で俺に会うや否や
「おはよ。今日新人の子入ってくるの知ってる?」
「そうなの?」
「20代くらいの子が2人入ってくるらしいよ」
「へぇ、そうなんだ笑」
「え、反応薄くない?」
「だって興味ないもん笑」
と俺は投げやりにフッと笑いその場を後にした。
仕分けを進めていると後ろから
「おはようございます!」と聞こえたので振り向くと20代という感じの元気そうな女の子が目の前に立っていた。
第一印象は大学生か高校生くらいの人に見えた。
「じゃあ、まずこれから教えるね」
「はい。よろしくお願いします!」
一緒に仕事をしていると俺の言ったことに毎回メモを取っている雪白さんに痺れが切れ
彼女の前まで行き
「メモ取ってたら仕事進まないから、後でまとめて取って」と淡々と事務的に伝えた。
「待たせてしまってすみません。
でも、忘れそうなのでこれだけは書いときます!」
と返され焦ってメモを取っている。
基本的に仕分けの仕事は時間内にある程度終わらせなければならず、時間通りに終わらせたい俺は
容量が悪い彼女に少しばかり苛立ちを覚えた。
課長は俺と一緒に仕事したほうが覚えやすいからと最初の何ヶ月かは一緒の班に入る事がよくあった。
真面目で一生懸命やってるつもりなんだろうけど、不器用で要領が悪くてどこか覚束無い。
この子とは何となく合わないなと思って
業務連絡以外は距離を置いていた。
ある日休憩室にいると雪白さんが
「氷上さん。これみてください!」
と声を掛けてきた。
この日は特に忙しくて仕事で疲弊していた俺は
煩わしいなと思いながら横目でチラッと見ると
まさか雪白さんの変顔している写真を見せられるとは思ってなくて不覚にも笑ってしまった。
真面目そうに見えたけど意外と剽軽な所もあるんだな
もしかして俺が疲れた顔してたから笑わせてくれたのかな?
普通変顔見せるの人なんて少ないのに
「変わった子だな笑」
けどおかげでちょっとだけ気分が晴れたかも
この日少し雪白さんの印象が少し変わった。
その後も雪白さんは会う度に
「お疲れ様です!」と声を掛けてきたが、素直になれない俺はまたいつもみたく素っ気なく挨拶を返した。
そんな事が続いたある日仕事から帰ろうとデスクの書類を取りに戻ると紙袋が置いてあった。
紙袋の中にはチョコと四つ折りに畳んだ手紙が入っていて
「この前は仕事のやり方色々と教えてくれてありがとうございました。氷上さんの笑顔に惹かれました、好きです」と書いてあった。
まさかこの歳でラブレターを貰えると思っていなくて思いもよらない出来事に唖然としていると
偶然同僚が通りかかったので
「ねぇ、なんか靴箱にさチョコとラブレター入ってたんだけど」と少し自慢気に笑ってみせた
「え、よかったじゃん笑」
「いや、別に嬉しくないけどね」とは言ったが、純粋に嬉しくてニヤけた口元を隠した。
そうか今日はバレンタインか─
手紙は誰からだったんだろう?
家に帰ってから、手紙の下をみると小さい字で雪白桜蘭と書いてあるのをみて俺は思わず枕に顔を伏せた。
別にもう誰のことも本気で好きにならないと思ってたのに
あれからずっと頭の中から雪白さんの笑顔が離れない。
出会った頃は苦手だったはずなのに、
みてるとどこか守ってあげたくなるような─
まだ少しあどけなさが残るが素直で真っ直ぐで
雪白さんと話していると疲れてることも忘れるくらい楽しくて好きになりかけてる自分がいた。
これ以上一緒にいればきっと本気で好きになる。
でも、自分は雪白さんを幸せにしてあげられるのだろうか?
周りの人からみたら親子とか思われるだろうし
もしこれから先一緒にいるとしても雪白さんより俺のほうが先に死んでしまう。
今が幸せでもいつか雪白さんが悲しい思いをする
それなら─
俺よりも別の誰かを選んだほうが彼女は幸せになれるそう思って
俺は苦渋の決断の末雪白さんから離れることにした。
職場を辞める最後の日
「じゃあね。お疲れ様」とあえて冷たく突き放した
これで良かったんだ。
大体30歳も年下の人に本気で好きになるなんて情に絆されてしまっているだけだろう。
きっと時間が経てば忘れられる。
そう自分に言い聞かせた。
仕事を辞めた休み明けの月曜日
今日は新しい職場に出社する日だった。
俺は気持ちを切り替えてオフィスに続く扉の前に立ち深呼吸してドアを開けた。
「今日から入りました氷上です。よろしくお願いします」
「君が前の職場で優秀だったって、噂の氷上さん?」
と奥から面接で会った時の常務がホクホクした顔で話し皆が一斉にこちらを向く。
俺は恥ずかしくなって顔を背けた
「あれ?氷上さんじゃない?」
聞き覚えのある声に耳を疑った。
「え? 橘さん?」
「そうだよ!久々だね」
偶然にも新しく入った職場先には橘さんがいた。
「そうだ今日飲み会あるんだけどさ」
「えー俺そういうのはちょっと笑」
「新入社員の歓迎会も兼ねてるから強制参加だよ笑」
強制参加か・・・
まぁ、今日1日くらいならしょうがない─
「分かったよ。今回だけね」面倒だなと思いながらも俺は仕方なく笑った。
休憩時間になりスマホを見ると不在着信と1件の通知が来ていたので開くと前の職場の同僚からだった。
なんだろ?と不思議に思いながら電話をかけた。
「どしたの?何かあったの?」
「大した用事じゃないんだけどさ。」
「氷上、雪白さんって覚えてる?」
「まぁ、覚えてるけど。なんで?」
「雪白さんがさ、氷上いなくなってから毎日具合悪そうにしててさ」
「そうなんだ。でも雪白さんのこと別に好きじゃないし俺関係なくない?」
「よく話してたって聞いたから一応さ
まぁ、お前そういうのどうでもいいって言ってたもんな笑」
「うん笑」と空笑いし、なんとも思ってないように振舞ったが
電話を切るとすかさず雪白さんの番号にSMSを送った。
─思ったより大丈夫みたいでよかった
俺はホッと胸をなでおろし仕事に戻った。
飲み会終わりの帰り道
橘さんと途中まで一緒だったのでそのまま同じ地下鉄に乗った。
「地下鉄この時間帯でも意外と混んでるね」
「うんーそうだねー笑」
橘さんはかなり酔っているみたいでつり革に捕まりながら駅に止まる度に何度もよろめいていた。
「大丈夫?」
「平気だから笑」と終始へらへらしてる橘さん。
先に最寄り駅に着いたがやっぱ1人で帰らせるのはと心配になり
「帰り1人で大丈夫?途中まで送ろか?」と聞くと
「大丈夫だって笑」
「ちょっと酔い冷めてきたし。
近くのタクシーそのまま乗ってくね」と返されたので
まぁ近くなら心配ないかと思い
「じゃあ気をつけてね」と手を振り
後ろを振り返った途端
後ろから急にグイッと手を引っ張られた直後橘さんの唇が触れかけた
少し残る酒の匂いと 橘さんの香水の匂いに思わずドキッとしたが
我に返り肩を押し返した。
「ごめん。俺好きな人がいるから」と言って俺はその場を離れた。
時間が経てばいつか忘れられるって思ってた
でも、 橘さんとキスをした瞬間気づいた
確かに大人びたいい香りだけど─
なんか違う
俺の好きな匂いはもう少しほのかに香る月来香のような甘くて儚い匂い─
病室にまだ微かに残る月来香の香水の匂いが鼻をくすぐる。
椅子から立ち上がり雪白さんのほうに顔を寄せ
「俺が本当に好きなのは雪白さんだよ」そう一言呟いて
俺はそっと雪白さんに口付けした
冷たく冷えきった氷のような唇に少しだけ俺の体温が伝わって温かさを感じた。
ゆっくりと唇を離し冷たい頬にそっと手を添えて雪白さんをみつめ
「じゃあね」と涙まじりに微笑んだ
この世界で俺に好きって感情を思い出させてくれた雪白さんはこの世界にはもういないんだ─
少ししんみりした空気が2人を包んで
また涙が零れそうになってその場を後にしようとすると
カーテンから日が差し込みちょうど雪白さんの顔を照らした。
何気なく窓をみると
昨日まで咲いていなかった桜の蕾が開きかけていた
「もう、春になったんだな」
太陽に照らされた彼女の顔は心做しかほんのり笑っているようにみえた。
20代くらいの頃に彼女がいたことはあったが自然消滅し
その後もずっと一緒にいたいと思えるほど惹かれる女性はいなくて
段々と誰も同じに見えてきてしまい
気づけば恋愛なんてどうでもいいと思っていた。
それから年月はあっという間に過ぎ俺は人生の半ばに差し掛かった
この歳になれば特段やってみたいことも行きたいとこもある程度は行き尽くしたし、たまに友達と出かけるくらいで
ほぼ仕事と家と往復の日々に毎日退屈していた。
週明けの月曜日
俺は「はぁ・・・」と深いため息をついて仕事へ向かう。
職場につきタイムカードを押そうとすると同僚が
ウキウキした表情で俺に会うや否や
「おはよ。今日新人の子入ってくるの知ってる?」
「そうなの?」
「20代くらいの子が2人入ってくるらしいよ」
「へぇ、そうなんだ笑」
「え、反応薄くない?」
「だって興味ないもん笑」
と俺は投げやりにフッと笑いその場を後にした。
仕分けを進めていると後ろから
「おはようございます!」と聞こえたので振り向くと20代という感じの元気そうな女の子が目の前に立っていた。
第一印象は大学生か高校生くらいの人に見えた。
「じゃあ、まずこれから教えるね」
「はい。よろしくお願いします!」
一緒に仕事をしていると俺の言ったことに毎回メモを取っている雪白さんに痺れが切れ
彼女の前まで行き
「メモ取ってたら仕事進まないから、後でまとめて取って」と淡々と事務的に伝えた。
「待たせてしまってすみません。
でも、忘れそうなのでこれだけは書いときます!」
と返され焦ってメモを取っている。
基本的に仕分けの仕事は時間内にある程度終わらせなければならず、時間通りに終わらせたい俺は
容量が悪い彼女に少しばかり苛立ちを覚えた。
課長は俺と一緒に仕事したほうが覚えやすいからと最初の何ヶ月かは一緒の班に入る事がよくあった。
真面目で一生懸命やってるつもりなんだろうけど、不器用で要領が悪くてどこか覚束無い。
この子とは何となく合わないなと思って
業務連絡以外は距離を置いていた。
ある日休憩室にいると雪白さんが
「氷上さん。これみてください!」
と声を掛けてきた。
この日は特に忙しくて仕事で疲弊していた俺は
煩わしいなと思いながら横目でチラッと見ると
まさか雪白さんの変顔している写真を見せられるとは思ってなくて不覚にも笑ってしまった。
真面目そうに見えたけど意外と剽軽な所もあるんだな
もしかして俺が疲れた顔してたから笑わせてくれたのかな?
普通変顔見せるの人なんて少ないのに
「変わった子だな笑」
けどおかげでちょっとだけ気分が晴れたかも
この日少し雪白さんの印象が少し変わった。
その後も雪白さんは会う度に
「お疲れ様です!」と声を掛けてきたが、素直になれない俺はまたいつもみたく素っ気なく挨拶を返した。
そんな事が続いたある日仕事から帰ろうとデスクの書類を取りに戻ると紙袋が置いてあった。
紙袋の中にはチョコと四つ折りに畳んだ手紙が入っていて
「この前は仕事のやり方色々と教えてくれてありがとうございました。氷上さんの笑顔に惹かれました、好きです」と書いてあった。
まさかこの歳でラブレターを貰えると思っていなくて思いもよらない出来事に唖然としていると
偶然同僚が通りかかったので
「ねぇ、なんか靴箱にさチョコとラブレター入ってたんだけど」と少し自慢気に笑ってみせた
「え、よかったじゃん笑」
「いや、別に嬉しくないけどね」とは言ったが、純粋に嬉しくてニヤけた口元を隠した。
そうか今日はバレンタインか─
手紙は誰からだったんだろう?
家に帰ってから、手紙の下をみると小さい字で雪白桜蘭と書いてあるのをみて俺は思わず枕に顔を伏せた。
別にもう誰のことも本気で好きにならないと思ってたのに
あれからずっと頭の中から雪白さんの笑顔が離れない。
出会った頃は苦手だったはずなのに、
みてるとどこか守ってあげたくなるような─
まだ少しあどけなさが残るが素直で真っ直ぐで
雪白さんと話していると疲れてることも忘れるくらい楽しくて好きになりかけてる自分がいた。
これ以上一緒にいればきっと本気で好きになる。
でも、自分は雪白さんを幸せにしてあげられるのだろうか?
周りの人からみたら親子とか思われるだろうし
もしこれから先一緒にいるとしても雪白さんより俺のほうが先に死んでしまう。
今が幸せでもいつか雪白さんが悲しい思いをする
それなら─
俺よりも別の誰かを選んだほうが彼女は幸せになれるそう思って
俺は苦渋の決断の末雪白さんから離れることにした。
職場を辞める最後の日
「じゃあね。お疲れ様」とあえて冷たく突き放した
これで良かったんだ。
大体30歳も年下の人に本気で好きになるなんて情に絆されてしまっているだけだろう。
きっと時間が経てば忘れられる。
そう自分に言い聞かせた。
仕事を辞めた休み明けの月曜日
今日は新しい職場に出社する日だった。
俺は気持ちを切り替えてオフィスに続く扉の前に立ち深呼吸してドアを開けた。
「今日から入りました氷上です。よろしくお願いします」
「君が前の職場で優秀だったって、噂の氷上さん?」
と奥から面接で会った時の常務がホクホクした顔で話し皆が一斉にこちらを向く。
俺は恥ずかしくなって顔を背けた
「あれ?氷上さんじゃない?」
聞き覚えのある声に耳を疑った。
「え? 橘さん?」
「そうだよ!久々だね」
偶然にも新しく入った職場先には橘さんがいた。
「そうだ今日飲み会あるんだけどさ」
「えー俺そういうのはちょっと笑」
「新入社員の歓迎会も兼ねてるから強制参加だよ笑」
強制参加か・・・
まぁ、今日1日くらいならしょうがない─
「分かったよ。今回だけね」面倒だなと思いながらも俺は仕方なく笑った。
休憩時間になりスマホを見ると不在着信と1件の通知が来ていたので開くと前の職場の同僚からだった。
なんだろ?と不思議に思いながら電話をかけた。
「どしたの?何かあったの?」
「大した用事じゃないんだけどさ。」
「氷上、雪白さんって覚えてる?」
「まぁ、覚えてるけど。なんで?」
「雪白さんがさ、氷上いなくなってから毎日具合悪そうにしててさ」
「そうなんだ。でも雪白さんのこと別に好きじゃないし俺関係なくない?」
「よく話してたって聞いたから一応さ
まぁ、お前そういうのどうでもいいって言ってたもんな笑」
「うん笑」と空笑いし、なんとも思ってないように振舞ったが
電話を切るとすかさず雪白さんの番号にSMSを送った。
─思ったより大丈夫みたいでよかった
俺はホッと胸をなでおろし仕事に戻った。
飲み会終わりの帰り道
橘さんと途中まで一緒だったのでそのまま同じ地下鉄に乗った。
「地下鉄この時間帯でも意外と混んでるね」
「うんーそうだねー笑」
橘さんはかなり酔っているみたいでつり革に捕まりながら駅に止まる度に何度もよろめいていた。
「大丈夫?」
「平気だから笑」と終始へらへらしてる橘さん。
先に最寄り駅に着いたがやっぱ1人で帰らせるのはと心配になり
「帰り1人で大丈夫?途中まで送ろか?」と聞くと
「大丈夫だって笑」
「ちょっと酔い冷めてきたし。
近くのタクシーそのまま乗ってくね」と返されたので
まぁ近くなら心配ないかと思い
「じゃあ気をつけてね」と手を振り
後ろを振り返った途端
後ろから急にグイッと手を引っ張られた直後橘さんの唇が触れかけた
少し残る酒の匂いと 橘さんの香水の匂いに思わずドキッとしたが
我に返り肩を押し返した。
「ごめん。俺好きな人がいるから」と言って俺はその場を離れた。
時間が経てばいつか忘れられるって思ってた
でも、 橘さんとキスをした瞬間気づいた
確かに大人びたいい香りだけど─
なんか違う
俺の好きな匂いはもう少しほのかに香る月来香のような甘くて儚い匂い─
病室にまだ微かに残る月来香の香水の匂いが鼻をくすぐる。
椅子から立ち上がり雪白さんのほうに顔を寄せ
「俺が本当に好きなのは雪白さんだよ」そう一言呟いて
俺はそっと雪白さんに口付けした
冷たく冷えきった氷のような唇に少しだけ俺の体温が伝わって温かさを感じた。
ゆっくりと唇を離し冷たい頬にそっと手を添えて雪白さんをみつめ
「じゃあね」と涙まじりに微笑んだ
この世界で俺に好きって感情を思い出させてくれた雪白さんはこの世界にはもういないんだ─
少ししんみりした空気が2人を包んで
また涙が零れそうになってその場を後にしようとすると
カーテンから日が差し込みちょうど雪白さんの顔を照らした。
何気なく窓をみると
昨日まで咲いていなかった桜の蕾が開きかけていた
「もう、春になったんだな」
太陽に照らされた彼女の顔は心做しかほんのり笑っているようにみえた。
