からからにかわいてひびわれたこえは、いまにもちをながしそうだった。(白鳥の最期の悲鳴のように)
言いたいことはたくさんあったのにどうやら私の頭も唇のすべての言語を忘れてしまったようだった。
小さな窓は薄闇の色で外の冷気が染みだしていた。秋と言うぬめりを帯びて。下校をうながすさびしげなオーケストラの曲が大音量で響く中、
私の脳内では君の弾いていた超高熱の超光速のフラメンコギターがまばゆい色彩で踊っていた。ぎゅっと目を閉じたあとパッと目を開けたら見えるプリズムみたいに。マーブル模様のかけらが透明な光の粒とともに踊るんだ。踊るんだ。私の心とともに。(君の指とともに)
恋とか言う名の前に、君と私の間にはおたがいへの「尊敬」があった。おたがいを見つめる静かでぬくもりあふれるまなざしがあった。
私のそばにいてくれるなら君が良い。君にずっとそばにいてもらえるような私でいたい。
いつか、距離が離れ、こんなちっぽけで短い季節が忘れ去られようとも、
君のフラメンコギターが私の頭と胸のどこかでずっと鳴りひびいていてほしかった。そう思うくらいには君が好きだ。
右足が痛みを思い出して私は小さくうめいた。割れる。右足が割れる。なくなる。引きちぎられる。(もう踊れない?)
痛みよりも恐怖で息ができない。心臓がバクバク言ってどこまでも心音が加速していく。怖い。怖い。怖い。(やるせない、憤り)
「息を吸え」
君が静かに、強く、私に命じた。小さな窓をふるわせるほどの威厳に満ちた声だった。
それなのに君の両目には深い湖のような悲しみがあった。黒と紫の中をわけいってその目はあった。茶色の比率が多めの黒いブドウみたいな、黒目の大きい丸い目で君は私を見ていた。
君が鎖骨に描いた「I Love...」に続く言葉を私は考えていた。天文学的に答えが多い気がした。
「You」とも「Me」ともかんたんに言えない気がした。君も私も自分自身が嫌いなのに、おたがいのことを好ましく思っているから。(ねたましく思っているから)
私は深く息を吸い込んだ。薄闇と冷気と君の吐いた二酸化炭素のまじりあった気体がするりと気管を抜けて肺をふくらませた。
少し身体があたたかくなった気がした。夏の終わりのそよ風みたいな切ない冷たさを持つ君の腕が、胸が、ひざが、身体が、
この世でもっとも私をあたためるものだった。コーラの泡がはじけるみたいに香気立つ君の汗が、超高熱の超光速のギターのなごりをとどめる汗が、
この世でもっとも私をあたためるものだった。これからもあたためつづけていてほしいと思った。だから君の首に両腕をまわした。これからダンスを始めるように。ふたりで。一呼吸置いて。
(2025.11.02 公開)
Mika Aoi 蒼井深可
言いたいことはたくさんあったのにどうやら私の頭も唇のすべての言語を忘れてしまったようだった。
小さな窓は薄闇の色で外の冷気が染みだしていた。秋と言うぬめりを帯びて。下校をうながすさびしげなオーケストラの曲が大音量で響く中、
私の脳内では君の弾いていた超高熱の超光速のフラメンコギターがまばゆい色彩で踊っていた。ぎゅっと目を閉じたあとパッと目を開けたら見えるプリズムみたいに。マーブル模様のかけらが透明な光の粒とともに踊るんだ。踊るんだ。私の心とともに。(君の指とともに)
恋とか言う名の前に、君と私の間にはおたがいへの「尊敬」があった。おたがいを見つめる静かでぬくもりあふれるまなざしがあった。
私のそばにいてくれるなら君が良い。君にずっとそばにいてもらえるような私でいたい。
いつか、距離が離れ、こんなちっぽけで短い季節が忘れ去られようとも、
君のフラメンコギターが私の頭と胸のどこかでずっと鳴りひびいていてほしかった。そう思うくらいには君が好きだ。
右足が痛みを思い出して私は小さくうめいた。割れる。右足が割れる。なくなる。引きちぎられる。(もう踊れない?)
痛みよりも恐怖で息ができない。心臓がバクバク言ってどこまでも心音が加速していく。怖い。怖い。怖い。(やるせない、憤り)
「息を吸え」
君が静かに、強く、私に命じた。小さな窓をふるわせるほどの威厳に満ちた声だった。
それなのに君の両目には深い湖のような悲しみがあった。黒と紫の中をわけいってその目はあった。茶色の比率が多めの黒いブドウみたいな、黒目の大きい丸い目で君は私を見ていた。
君が鎖骨に描いた「I Love...」に続く言葉を私は考えていた。天文学的に答えが多い気がした。
「You」とも「Me」ともかんたんに言えない気がした。君も私も自分自身が嫌いなのに、おたがいのことを好ましく思っているから。(ねたましく思っているから)
私は深く息を吸い込んだ。薄闇と冷気と君の吐いた二酸化炭素のまじりあった気体がするりと気管を抜けて肺をふくらませた。
少し身体があたたかくなった気がした。夏の終わりのそよ風みたいな切ない冷たさを持つ君の腕が、胸が、ひざが、身体が、
この世でもっとも私をあたためるものだった。コーラの泡がはじけるみたいに香気立つ君の汗が、超高熱の超光速のギターのなごりをとどめる汗が、
この世でもっとも私をあたためるものだった。これからもあたためつづけていてほしいと思った。だから君の首に両腕をまわした。これからダンスを始めるように。ふたりで。一呼吸置いて。
(2025.11.02 公開)
Mika Aoi 蒼井深可



