六月二日、水曜日。
桜子は鶫風寮から徒歩で神六丘高校に登校した。半袖ポロシャツ&薄手の灰色チェック柄スカートな完全夏服で。
ちなみに彼女の所属するクラスは一年四組だ。
四時限目、古文の授業にて返却された、前回授業時実施の小テストは10点満点中4点という振る舞わない結果に。苦手科目なこともあってか、先日の中間テストでも古文漢文は平均点を少し上回る程度だったのだ。
「六点以下やった子は、今日の放課後再試験や」
 教科担任から仏頂面で伝えられ、桜子はしぶしぶ参加。

古文はやっぱむずいよね。文法つまらな過ぎだよ。
 ギリギリ合格点の七点取れ、後日再々試験は回避。午後五時過ぎに鶫風寮に帰宅した。
「桜子お姉さん、おかえりなさい」
「おかえり桜子ちゃん、残念なお知らせなんだけど、今日はお風呂使えないの」
 千景とヤスミンは先に帰っていて、ロビーのソファーに腰掛けくつろいでいた。
「この寮を動物型に改装した時からずっと使ってた給湯器が、とうとう寿命が来たみたいでね。明日業者さんに新しいのに交換しに来てもらうから、今日は桜子ちゃんも銭湯へ行ったらどうだい?」
 たぬゑさんはこう勧めてくる。
「ワタシ、実家に帰って入ろうかな」
「桜子ちゃん、そんなこと言わずにいっしょに銭湯行こう! 普段行く機会ないでしょ?」
 千景に腕を掴まれ誘われ、
「確かにそうだね。せっかくの機会だし、行ってみよっか」
 桜子はあまり気が進まなかったが、銭湯へ行くことに決めた。
「近所にお勧めの銭湯があるの。和風でわたしはとても気に入ってて、月に一度は入りに行ってますよ」
ヤスミンは柚陽に、彩織も茉莉乃にスマホで連絡して誘い、計六人で行くことに。
 たぬゑさんはロボットなので、お風呂に入る必要がないわけだ。
     ※
夜七時半ちょっと過ぎ。
みんなは鶫風寮からは徒歩約七分、五百メートルほど先にある昔ながらの銭湯、燕湯へ。
「ここはワタシ、初めて来たよ」
受付にて桜子が代表して、たぬゑさんからいただいた六人分の入湯料を支払った。
 女湯脱衣室にて千景、柚陽、ヤスミンがすっぽんぽんになった頃、
「サオちんとマリにゃんは、素っ裸にならへんの?」
「だって、公共の浴場だと周り知らない人ばかりだから恥ずかしいもん」
「アタシも同じく。おウチではすっぽんぽんだけど」
 彩織と茉莉乃は肩から膝上にかけてバスタオルをしっかり巻いていた。
「二人ともそんなに恥ずかしがらんでも。余計目立って恥ずかしいと思うで。素っ裸の方が絶対銭湯に相応しいで」
 柚陽はこの二人の前に仁王立ちして助言する。
「柚陽お姉ちゃんは羞恥心が低いよね」
「うん」
 それでも彩織と茉莉乃はバスタオルを巻いたまま浴室へ入っていった。
「私も中学生の頃、公共の大浴場で素っ裸になるのは恥ずかしいなって思ってた時期があるから彩織ちゃんと茉莉乃ちゃんの気持ちはよく分かるよ」
「ワタシも同じく」
「ヤスミスはまだぺちゃパイやね」
「柚陽、わたしはこれで満足してるわよ」
他の四名はすっぽんぽんのまま浴室へ。
「茉莉乃、見て見て。スーパーサ○ヤ人」
「もう少し逆立てるとよりいいかも」
彩織と茉莉乃は洗い場シャワー手前の風呂イスに隣り合って腰掛け、楽しそうにシャンプーで髪の毛をゴシゴシ擦る。
「サオちんよう似合っとうわ~」
 彩織の隣に柚陽、
「緑茶の香りのシャンプーもあるぅ。これ使おうっと♪」
 柚陽の隣に千景、
「なんか良さそうだね、これ」
 千景の隣に桜子、
「わたしもこれにしよっと♪」
 ヤスミンは茉莉乃の隣に腰掛けた。
「あの、ヤスミンお姉さんは、今でも京大志望ですか?」
「うん、神高の桜子お姉さんが来て、ますます勉強頑張らなきゃって感じたわ」
「さすがですね」
「いや、それほどでも」
 ヤスミンは照れ笑い。
「ヤスミンちゃん、期待されてるけどワタシよりヤスミンちゃんの方が学力絶対高いよ」
「ヤスミンちゃんが勉強張り切るのはいいけど、私にまで求めて来ないで欲しいよ」
「うち、この間までヤスミスと席近かってんけど、授業中に居眠りしたら速攻叩き起こされたで」
「ヤスミンお姉ちゃん、友達思いだね」
「当たり前のことだと思うけど」
「うち、ヤスミスの席のすぐ近くにはもうなりたないわ~。ゆっくり居眠り出来へんもん」
「柚陽、今度の席替えでもしなれたら、あの時以上に厳しく監視するからね」
「ヤスミス顔めっちゃ怖いわ~」
「ワタシも授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ」 
 そんな会話を弾ませてから数分のち、桜子、千景、ヤスミン、柚陽は体を洗い流し終え風呂イスから立った。
「あの、アタシ、体洗うのもうしばらくかかるから、みんな先に入ってていいよ」
「あたしももう少しかかるよ」
 ふくらみかけの乳房と、うっすら生えかけの恥部を極力さらけ出さないように体をハンドタオルで擦ろうとしている茉莉乃と彩織のしぐさを見て、
「サオちん、マリにゃん、恐々と洗わんでも誰も見てへんって」
 柚陽はにっこり微笑みながらこう伝えて湯船の方へ。
「彩織ちゃん、茉莉乃ちゃん、お先に」
「二人とも、焦らなくて大丈夫だよ」
「四人でかたまって浸かっておきますので」
 千景と桜子とヤスミンもあとに続く。
「ここのお湯、ワタシにはちょっと熱く感じるよ」
「私もだよ」
「わたしもー。三七℃くらいがちょうどいいよね」
「うちはこのくらいのが好きや~。ところで幸岡先輩と桜子姉さんって、お似合いの百合カップルですね」
「そっ、そっ、そうかなぁ」
「私、桜子ちゃんのこと大好きだけど、百合カップルって言われるのはなんか照れくさいな。私にとって桜子ちゃんは、家族同然のお友達だよ」
「そんなこと言って。キスももう済ませとんやから立派な百合カップル同士やん」
「あっ、あれはね、寮の中だったから出来たの。お外で、人前では恥ずかしくて出来ないよ」
「幸岡先輩もけっこう照れ屋さんやもんね。顔赤くなっとうよ」
「これは、火照って来ただけだから」
「……」
「千景さんと桜子お姉さんは、お似合いの百合カップルだと思いますよ」
 足を伸ばしてゆったりくつろぎ、楽しくおしゃべりし合っていると、茉莉乃と彩織も体を洗い終えたようで、他のみんなのいる場所へ近寄り、恐る恐るバスタオルを外して湯船に浸かったのだった。
「サオちん、桜子姉さんのことも気に入ってるみたいやね」
「はい。心優しくて、尊敬出来るお姉さんなので」
「いやぁ、照れちゃうなぁ」
「アタシもサクラコお姉さんのこと尊敬してます。サオリからいろいろと良いお話聞かされているので」
「それはますます照れちゃうなぁ。のぼせちゃうかも」


 みんなは風呂から上がり、パジャマに着替えると休憩所へ。
「さてと、やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレやね」
 柚陽は冷蔵ショーケースを開けガラス瓶のカフェオレを取り出す。
「私もそれにするよ」
「じゃ、わたしも」
「あたしはりんごジュースにするぅ」
「アタシは、ミルクティーにしておこう」
「ワタシは緑茶で。ワタシがみんなの分まとめて払ってくるよ」
 他のみんなもお目当ての飲料水をショーケースから取り出した。
このあとみんなは長椅子に腰掛け、風呂上りの一杯を楽しんで銭湯をあとにしたのだった。
 
千景達が夜九時頃に鶫風寮に帰って、さらに一時間ほどが経った頃、
「きゃっ、きゃあああああっ!」
 鶫風寮に、千景の甲高い悲鳴がこだました。
「どうしたの? 千景お姉ちゃん」
 彩織が真っ先に音源の201号室に辿り着き問いかけると、
「あそこ、ゴキブリィィィッ!」
 千景はとっさに彩織に抱きついた。
「千景お姉ちゃん、落ち着いて。ちっちゃいでしょ」
 彩織はにっこり笑う。
「ちっちゃくないよぉ。すっごく大きいよぉ」
 千景は慌てふためいていた。
「そんなことだろうと思ったよ。っていうか勉強せずにマンガ読んでたのね」
 次に到着したヤスミンには呆れられた。
「なんで私の部屋にばっかり出てくるのぉー。他のお部屋では台所でも一度も見たことないのに」
 悲しげな表情で嘆く千景に、
「それは千景さんがこのお部屋でしょっちゅうお菓子食べてるからよ。さっきも食べてたでしょ」
 ヤスミンは床に転がった宇治抹茶ポッキーの菓子箱をちらっと見て、にっこり笑顔できっぱり言ってやった。
「千景ちゃん、ゴキブリさん苦手みたいだね。まあ、ワタシもけっこう苦手だけど」
 それからすぐにやって来た桜子は同情してあげた。
「いつもはゴキブリ退治、おらがやってるんだけど、今回は桜子ちゃんがやってくれんかね? その方が千景ちゃんも喜ぶだろうし」
 続いてやって来たたぬゑさんはにやけ顔そう言って、殺虫スプレーを手渡してくる。
「ワタシがやるんですか?」
 桜子はやや困惑。
「桜子ちゃぁん、早くやっつけてぇぇぇ~」
 千景は蒼ざめた顔でお願いする。
「あそこか」
 桜子は慎重に狙いを定め、凍らせるタイプの殺虫剤をブシャーッと噴射した。
「逃げられちゃった。すばやっ!」
 しかし外してしまった。
「きゃぁっ! 近寄って来た」
 千景は飛び上がってイスの上へ避難。ゴキブリは床をちょこまか這いずり回る。
「動きがますます速くなったような……今度こそ」
 桜子は恐る恐るもう一吹き。
 今度は見事捉えることが出来た。
「動かなくなったみたいだね」 
 桜子は凍り付いたがまだ辛うじて生きてはいるだろうゴキブリを、何重にも束ねたティッシュペーパーで掴んでビニール袋に詰め、固く縛って退治完了。
「桜子ちゃんありがとう、さすがだね」
「……どういたしまして。千景ちゃん、この部屋でお菓子を食べるのをやめるとゴキブリさんは出なくなると思うよ」
千景にぎゅっと強く抱きつかれ、桜子はちょっぴり照れくさがる。
「桜子お姉さん、お見事でした」
「桜子お姉ちゃん、格好良かったよ」
「桜子ちゃん、なかなかの腕前だったね」
 ヤスミンと彩織とたぬゑさんからも称賛され、
「褒められるほどのことでもないと思いますけど……」
 桜子はますます照れくさがる。
「千景さんがゴキブリを克服出来るように、この死んだゴキブリ、千景さんのお部屋のごみ箱に捨てておこうかしら」
 ヤスミンはビニール袋を手に持ち、にやりと笑う。
「それは絶対ダメェーッ! 甦って袋から出て来そうだもん」
 千景は表情を引き攣らせ大声で拒否した。
 結局、そのビニール袋は桜子の手によってロビーに置かれたごみ箱に捨てられた。
 
こんなちょっとした騒動がありながらも、鶫風寮の夜は今日も平和に更けて行ったのだった。

六月四日、金曜日。
桜子のクラスの歴史総合の授業のあと、
「押部さん、女子寮の管理人さんボランティア、楽しめてるみたいね。入学した当初より見違えるほど毎日が生き生きとしてるわ」
「あの女子寮、とっても楽しいです。気の合う人達ばかりで、狸ロボットのたぬゑさんもとてもユニークで、ロボットとは思えないほど本物の狸のようなデザインで、知性豊かでド〇えもん的な感じで……」
 クラス担任でこの科目も受け持つ鯛先生から声を掛けられ、桜子は満面の笑みで答えたのだった。
「ふふふ、それはよかったわ♪ 先生も嬉しい限りよ。お勉強も頑張ってね」
「はい♪ ワタシが勉強を頑張ると、千景ちゃんも喜んでくれるので頑張ってます」