そのまま馬車へと押し込まれ、私は御者と古ぼけたトランクと共に出立する。
 一人もお供を付けないで送るなんて……ブレンダに何かある、と帝国が勘付くとは思わないのかしら。いや、そもそもその前に私を亡き者として始末する可能性もあるかしら。
 
 そこまで考えて、私はふう、とため息をついた。

『ねえ、お母様。私はいつまで頑張ればいいのかしら?』

 天井に向かって私は口を動かす。魔法により声は制限されているため聞こえないけれど、誰もいないのだから良いわよね。

『お母様は「頑張りなさい、そうすれば貴女に幸せがやってくる」って最後まで私を励ましてくれたじゃない。けれども、結局追放されてしまったわ』

 私は辛かった日々を思い出す。

『お母様がお亡くなりになった後、私は王城へ召し上げられたわ。王太子妃業務は勿論のこと、王太子業務……果ては王妃業務まで私がこなして……それでもいつかは認めてくれるって思ったのに』

 必死になってこなした業務。けれども、誰も私の努力について認めてくれる人はいなかった。
 ……むしろ、『やって当たり前』なのだとか。
 
『まだ見ぬお母様の故郷……どんな方々がいるのかしら?』

 その前に……無事にガメス公爵家へと辿り着く事を祈って、私は瞼を閉じた。


 私の心配を他所に馬車は何事もなく王国にある関所を通り抜け、帝国の関所へと辿り着く。関所というよりも、小さな王城と言った方が良いかもしれない。御者はこの関所に着くと、乱暴に馬車の扉を開け放った。

 最初は眩しくて目を細めていたが、段々目が慣れてくると御者の行動が見えるようになってきた。彼は顎を突き上げて鼻を鳴らしている。

 どうやら降りろ、と言いたいらしい。

 私がトランクを持って降りようとする。しかし、御者はそれを知らんぷりして席に戻っていく。
 意外と重いトランクに四苦八苦しながら下ろしていると、最初は目を丸くして見ていた門番たちが見兼ねて手伝ってくれた。鎧を見る限り、帝国兵のようだ。一人がトランクを預かってくれ、一人が私をエスコートしてくれた。
 その間に御者は、門前にいる他の者に一通の手紙を渡していたようだ。
 
 そしてやっとこさ私が馬車から降りると、御者は「自分の仕事は終わった」と言わんばかりに、さっさと帰っていった。その馬車を呆然と見送っているもう一人の若い門番。

 仕事が終わったからと、何も言わずに帰るのが普通……なのかしら?

 私が首を傾げていると、手紙を受け取った彼が私に訊ねてくる。
 
「ブレンダ・ホイートストン様でございますか……? まさかお一人で……?」

 私は無言で頷くと、彼の目が見開かれる。最初は信じられないといった様子だった彼だが、我に返って若い門番に声をかけた。

「ガメス公爵に至急連絡を!」

 ああ、御者しかいない馬車で婚約者が来るなんて驚くわよね……普通。

 指示を受けた若い門番は、返事をしてから中へと入っていく。彼の話が次第に広まっていたからか、王城内は先ほどよりも慌ただしい雰囲気だ。
 そんな騒ぎの中、私はすぐに現れた執事に応接室らしき場所へと案内され、軽食とお茶まで出されていた。
 
 ……少なくとも、この国では私は“いないもの”扱いではないのかもしれない。