【完結】虐げられた私の身代わり婚約、そして見つけた幸せ

「その様子ですと受け取ってもらえたようですね、坊ちゃん」

 レオネルの寝室で、ヘンリーが話す。そう、彼がエスペランサに人形を渡した事を知っているのは、現在ヘンリーのみだった。

「ですが、よろしかったのですか? ウサギの人形は坊ちゃんが一番気に入っていたものでしたよね?」

 あの人形はレオネルが寄付を行っている孤児院から届いたものだ。桃色のウサギと水色のウサギが対になっており、レオネルの寝室に飾られていた。
 公爵領にはいくつかの孤児院があり、彼はその全てを支援しているのだが、ある孤児院で裁縫の得意なシスターがいる。そこではある程度大きくなった子どもたち――多くは女の子だが、中には男の子もいる――が人形を制作しているのだ。
 レオネルは支援も兼ねて、その孤児院から人形を購入している。孤児院の者たちは誰かに配っているのだろう、と思っている。けれども実際は――。

 レオネルは寝室内にある本棚から一冊本を抜く。すると、瞬く間に本棚が動き出し……現れたのは扉だった。

「あの人形はシスターが『一番出来の良かったものを譲りたい』という子どもの意図を汲んでいただいたものだ。エスペランサ嬢なら大切にしてくれるだろう。それに……片方はこちらに置いておくから、子どもたちも許してくれるのではないかな」

 サイドテーブルの上に置かれている水色のウサギを一瞥した後、レオネルは扉を開けて部屋へと入る。
 そこには数十個もの人形が棚の上に置かれていた。この人形は全て先ほどの孤児院から定期的に購入しているものだ。もちろん、孤児院支援のためでもあるが……一番は彼が可愛い人形を好きだから。

 レオネルは軍部に入った後から、癒しを求めるようになった。
 騎士としての仕事は非常にやり甲斐があった。けれども周辺国との小競り合いの現場に参戦した際、改めて戦場というものを理解したのだ。
 敵も味方も関係なく死んでいく世界。表情には出さなかったが、その光景に愕然としたのである。
 
 そして父である先代公爵の凄さを理解した。
 彼は初陣で王国と帝国の戦争に駆り出されているのだ。そこで成果を上げた事もあり、現在王国からも『血濡れの死神』として恐れられている父。自分にはできないと思った。
 
 だからエスペランサが『予言の巫女』である可能性が高いと聞いた時に、彼女の不安が手に取るように分かった。己の両親の壁の高さに気圧(けお)される。それは彼も経験した事だったからだ。