「静粛に」

 玉座の隣に立つ宰相が手を叩いた事により、一瞬で騒々しさが静まる。
 私は陛下より顔を上げるよう声を掛けられていないため、今までずっと頭を下げ続けていた。疲労の滲むため息が少しだけ漏れる。
 幸いな事に、その音は陛下の言葉と重なったため、周囲に聞こえることはなかったが。
 
「元々ジオドリックの婚約は、戦争を締結するためにと先代が決定したものだ……我は王太子として、当時の重鎮たちに再考するよう再三述べていたのだが……その忠告は聞き入れられる事なく今に至ってしまった。我が臣下たちには苦渋を味わわせていた事を知りながら、対処が現在まで掛かってしまった事を申し訳なく思う」
 
 謝罪する陛下に、貴族たちが感極まって鼻を啜っている音が周辺から起こる。

「だが、この度婚約は白紙になった。そして白紙になった彼女の処遇であるが……ソラル帝国のガメス公爵との縁談を受けてもらう事となった」
 
 声を高くして……嬉しそうに話す陛下に、周囲の興奮もどんどん高まっていく。そして陛下が口を開く様子がないのを良い事に、すぐに面白おかしく好き勝手話し出す。

「あの『血濡れの死神』と呼ばれる野蛮な男の元へか!」
「成程、血濡れの死神の妻は数年前に亡くなったと聞く。きっと後妻として入るのだろうな」
「穢れた血を追い払うのにうってつけだ! しかも相手はもう年寄りだろう! これほど愉快なことはないな!」
「息子も同じようなものらしいな! 良いじゃないか、穢れた血には相応しい縁談だ!」

 血濡れの死神とは、がメス公爵に対する蔑称(べっしょう)だ。
 戦場で漆黒の鎧をまとい、まるで死神のような体よりも大きな鎌を振り回し、その力と武器捌きで一度に十数人もの相手を倒したという。御歳も五十を超えているらしい。
 
 ……そんな相手に私が嫁ぐのだという。
 王国の貴族たちはさぞかし愉快だろう。特に陛下は。

 私が何も言い返せない悔しさから唇を噛み締めていると、陛下が芝居がかった声で、高らかに告げた。

「そうだ! ホイートストン公爵の協力で、『穢れた血』の追放が可能になったのだ! ……公爵、説明は其方に任せた」

 静寂の中、右側から足音が近づいてくる。
 見ずとも分かる。血縁上の父――ホイートストン公爵だ。足音は私のすぐ前で止まり、彼は一礼して話し始めた。