「おや、余所見ですかい?」

 ルノーは一瞬の隙を見つけたと言わんばかりに公爵様に向けて木刀を振り上げた。次に起こる事を予想していた私は思わず目を瞑る。
 すぐにカラカラカラ、と何かが地面を転がっていくような音がした。多分木刀だろう、と思った私は恐る恐る目を開ける。すると――。

「……これは一本取られましたわい」

 そこには両手を上に挙げているルノーと、木刀を突きつけている公爵様がいた。

 見ていなかった私に代わり、リーナが教えてくれた。
 私との視線が合った後、ルノーは公爵様の隙を見つけたと言わんばかりに上段から木刀を振り下ろそうとしたらしい。それに気がついた公爵様は剣を思いっきり横に振り抜いたのだとか。その勢いでルノーの剣が手から離れ、公爵様の勝利となったようだ。
 だが、当の本人は不満そうに見える。

「ルノーが疲れていたからできた芸当だ。本当は攻められている時点で反撃を入れて勝利をしたかった」
「おお、本当に向上心が高い事で。公爵様の爪の垢を煎じて飲ませたいものですなぁ……」

 ルノーがチラリと休憩中の兵士へと顔を向けると、多くの者たちは顔を真っ青にしていた。きっと訓練が厳しいのでしょう。けれども、きっとそれが彼の優しさでもあるのでしょうね……現に顔色が悪いだけで、彼に反論する者はいない。それだけルノーを信頼している証なのだと思う。
 そんな彼らの表情など気にする事なく、ルノーは声を上げた。
 
「さて、休憩は終わりじゃ! 訓練開始! 皆も公爵様に遅れをとるんじゃないぞ!」
「ああ、期待している」

 公爵様の声に、顔色が悪かった兵士たちの表情は一変する。真面目な表情で頷く彼らだが、嬉しそうな表情を隠しきれていない。特に若い兵士に多いようだ。公爵様の人望のある様子が窺えた。

「……公爵様は人望が厚いのね」
「ええ、勿論ですよ! ルノー様と打ち合える上に、領主の仕事もされている旦那様に、みなさん尊敬の念を抱いていますよ!」

 そう告げるリーナもルノーと公爵様を敬愛しているのだろう、満面の笑みをたたえている。表情には出さないけれど、私もその一員になれるだろうか……と少し不安になったのは内緒だ。