もうすぐ薬が切れる。
 こっちに来てから、病院には行っていない。

 症状は少し良くなっていた。

 車の音を聞いても叫びたくなるほどの不安はないし、バスに乗っても大丈夫になった。
 まだ血を見ると、呼吸が荒くなって意識が遠のくこともあるけど、前よりは全然マシだ。

 PTSD。
 一昨年、そう診断された。

 戦場に行ったことのある軍人さんとかが発症しやすい精神疾患らしい。

 私の場合は事故。
 前までは車の音とか電車の音とか聞くだけでも叫びたくなるほど不安だったけど、時間のおかげもあってだいぶよくなった。

 私の場合、治るまでが遅い。
 発症するのも遅かった。

 あの事故があってから1年は経っていて、ある日いきなり血を見たときに苦しくなった。
 だから、生理のときは毎回怖い。
 不安になって、つい薬をたくさん飲んでしまう。


 「瑞輝、今日どっか寄らない ?」

 バイトのことで先生から話があった日の3日後。

 今日は思い切ってここから少し離れたところにある総合病院の精神科に予約した日。

 「ごめん、今日は無理なんだ」

 誘ってくれた郷夏は少し残念そうな顔をしたけど、

 「わかった。
 また遊びに行こ」

 「うん」

 予約した時間は18時。

 壁に掛けられた時計を見ると17時を回ったところだった。

 電車で30分ほどのところにあるから、もう出ないとまずい。

 「ごめん、もう帰るね。
 また明日 !」


 新しい先生に自分のことを説明するのは大変だった。
 お薬手帳も持ってきてるし、診断書だって持っているから、一から説明する必要はなかったけど、「私はPTSDです」と自ら言うのは少し、辛かった。

 「今はどんな感じ ?」

 先生は若い男の先生だった。
 優しそうで、話も頷いて聞いてくれた。

 呼吸が荒くなったときもあったけど、何も言わずに水を差し出してくれて、久しぶりに温かい気持ちになった。

 「今は、だいぶ落ち着いてきたんですけど、やっぱり血を見ると不安になります。
 車の音はあんまり近くを通ると、心臓がバクバクしてしまうんですけど、家の中で聞こえるくらいなら大丈夫になりました。
 あと、最近はバスも乗れるようになりました」

 「なるほど。
 えっと、血っていうのは…」

 「生理とかです」

 言いにくそうにしていたのでこっちから言った。

 男の先生が主治医だと困る。
 特に若い先生だと。

 男性には1ヶ月に1度、1週間、ほとんど毎日のように血を見る辛さを知らない。
 おそらく、多数の女性たちも。

 血を見た瞬間、言いようのない不安に襲われて怖くなる、あの感覚はきっと多くの人が理解できないものだ。

 だとしても、男性を、こういう症状を持っている女子高生の主治医にするのはどうかと思う。
 それも若い先生を。

 この病院はなしだなと心の中でこっそり決めてしまう。
 また一から探し直そう。