「涼風、椎名と仲良かったんだな」

 歩きながら、そう言われた。

 もう朝日が昇ってきている時間なのに、先生は寝ないで駆けつけてくれたはずなのに、先生の声はのんびりしていて、いつも通りだ。

 「まあ、腐れ縁みたいな」

 「そうか。
 でも、なんでったって海岸なんか行ってたんだ ?」

 「私の過去を、話してました。
 あそこ、思い出の場所だから」

 「どっちも、地元は違うだろう ?」

 過去を話したって言ったのに、先生はそこに突っかかってこなかった。
 きっと、想來くんと私が、それだけの仲なんだってことを察してくれた。

 本当に、いい先生をもったもんだ。

 「地元に、あそこと同じようなところがあったから。
 よく二人で話してた」

 一緒になろう、とか。
 そんな約束、想來くんはきっととっくに忘れているけど、私はまだ覚えている。
 いつか、叶えられたらとすら思っている。

 「お前たちも色々あったんだな」

 「うん。
 映画みたいに、私の人生は色んなことが起きてる。
 きっと想來くんの人生にも。

 だから、そのせいで、まだ16年しか生きてないのに、ぐちゃぐちゃ。
 思い出して辛くなったり、いつの間にか独りだったり、仲間がいないかって探しはじめたり、自分より大変そうな人を見ると安心したり。

 普通の人が考えなくてもいいようなことを考えなきゃいけない」

 話し出すと止まらなくて、でも、先生は頷きながら聞いてくれている。

 「そうだよな。
 俺みたいな平凡な奴は、思い出して辛くなることなんてない。
 まず、思い出すほど焼き付いてる思い出もない」

 先生も色々あったんだろうな。
 世界中の誰もが、人には言えない過去がある。

 たまに言いたくなるけど、それを言ったら自分が壊れてしまうような過去が。

 私だけが、過去をもっているわけじゃない。

 「でも、私、思うんです。
 幼い頃に、辛い思いをした人ほど、大人になると幸せになれるんじゃないかって。

 だって、人の痛みをわかっているから。
 辛さがわかるから。

 それに、大人になっても不幸だったらフェアじゃないし」

 また涙が出てきそう。

 さっき、出しきったと思ったのに、視界が滲む。

 「こんなに苦しいのに。
 こんなに辛いのに。

 幸せになりたい。
 当たり前のこと、思ってるだけなのに。

 私、そんなに前世だめだめだったかな。

 なんで、私だけ ?
 みんなそうなのわかってるけど、思っちゃう。
 なんで、そんなに私だけ不幸になるの ?

 もっともっと、幸せになりたいよ」

 声が震える。
 体が震えて、倒れそうになる。

 先生の温もりが目の前に覆い被さった。

 「大丈夫。

 わからないけど、わかるよ。
 涼風、辛かったんだよな。
 苦しかったんだよな。
 誰かに助けてほしくて、壊れそうだったんだよな」

 先生は、私が壊れないように支えてくれている。
 恋心とか、そんな甘ったるくてくだらないものじゃない。

 人として、担任として、私を抱きしめてくれている。

 「涼風は幸せになれる。

 きっとなれるよ」

 「うん」

 私の震えが治まるまで、先生はずっと支えてくれていた。

 「先生、私、決めた。

 私、学校はもうやめる。

 もう一度、過去と向き合う」

 「うん」

 先生の声は、私の耳にすんなり入ってきて、心地よく鼓膜を震わせた。