夜明けの空は水平線の辺りでオレンジ色に染まり、涼風さんの顔を明るく照らす。
「綺麗だね」
僕は静かに首を下に傾ける。
僕たちは、ずっと海の向こう側を眺めていた。
時間も忘れて、肩を並べて。
永遠に続けばいいのにと思う。
ずっとずっと涼風さんと一緒にいられたらいいのに。
彼女の力になれたらどんなにいいだろう。
「ちょっと、君たち。
何やってるんだ ?」
不意に若い男性の声が聞こえた。
波の音しか聞こえていなかったこの空間に、人の気配が漂う。
振り向くと、制服姿の警察官だった。
「あ、もしかして、椎名想來くんか ?」
いきなり名前を呼ばれてびくっとする。
きっと母さんが警察に言ったんだろう。
「そっちの君は ?」
警官は涼風さんの方に視線をやる。
「涼風瑞輝です」
「住所は ?」
警官はメモ帳を取り出して、涼風さんの住所を書き込む。
「ご両親は ?」
涼風さんが隣で静かに息を吸う音が聞こえた。
「いません。
一人暮らしです」
涼風さんの声は力強い。
僕でさえ怯みそうなのに、彼女は何も怖がっていない。
「高校生で、か」
「はい」
「まあ、いい。
一度、署に来てもらえるかな ?
想來くんは、お母さんが捜索願を出されてる」
二人で立ち上がり、離れたところに止まっているパトカーに乗り込む。
なんだか捕まったみたいで居心地が悪い。
「お母さん、ひどく心配されていたよ。
スマホに着信はないか ?」
そう言われて初めてスマホを見た。
メッセージが10件以上、着信が5件。
『心配かけてごめん。
気づかなかった。
なんともないから心配しないで』
いまさら心配しないでというのも無理があるが、返信しなければ余計心配してしまうと思い、そう送った。
「ごめん。
想來くん、帰らなきゃいけなかったのに」
涼風さんが小さくそう言う。
前の席にいる二人の警官には聞こえないくらい小さな声だった。
『涼風さんが謝ることじゃない
僕も悪かったから』
それ以上、話すことはなかった。
窓の外にはもう車が行き交っていて、空はピンクがかっていた。
「紅掛空」
涼風さんの方を見る。
彼女は、空を見渡し、少し寂しげな笑顔を浮かべていた。
「この空の色。
小さい頃にね、お母さんが教えてくれた。
お母さん、色にだけはやたらと詳しくて、何とかブルーとか、何とかピンクとか、色々教えてくれたの」
今度は、小さな声ではなくて、きっと前の警官にも聞こえていたと思う。
しんと静まった車内に涼風さんの力強く、か弱い声が響くように聞こえる。
「たくさん教えてもらったから、半分は忘れたけど、これだけは覚えてる。
事故に遭う直前。
買い物帰りに、空を見上げてお母さんが教えてくれた。
この空の色は、紅掛空色って言うんだよ。
綺麗だねって。
私、そのとき、家にあるお菓子のことで頭いっぱいで。
あの言葉がお母さんの最期だったのに」
涼風さんはそこまで言うと、声を押し殺して泣いた。
でも、嗚咽を隠しきれず、彼女はやがて号哭した。
警察署に着いてからも警官は何も言わずただ黙って窓の外を眺めている。
僕も何も言わずに彼女の肩を抱いた。
震える肩は涼風さんじゃないんじゃないかと疑うほど細く、弱く、僕はそのとき気づいた。
涼風さん、実はずっと弱かったんだ。
悩みを打ち明けられないほど弱かったんだ。
強がってしまうほど、周りがこの子は強いと思ってしまうほど、弱かったんだ。
本当は、今にも折れそうになっていたんだ。
「綺麗だね」
僕は静かに首を下に傾ける。
僕たちは、ずっと海の向こう側を眺めていた。
時間も忘れて、肩を並べて。
永遠に続けばいいのにと思う。
ずっとずっと涼風さんと一緒にいられたらいいのに。
彼女の力になれたらどんなにいいだろう。
「ちょっと、君たち。
何やってるんだ ?」
不意に若い男性の声が聞こえた。
波の音しか聞こえていなかったこの空間に、人の気配が漂う。
振り向くと、制服姿の警察官だった。
「あ、もしかして、椎名想來くんか ?」
いきなり名前を呼ばれてびくっとする。
きっと母さんが警察に言ったんだろう。
「そっちの君は ?」
警官は涼風さんの方に視線をやる。
「涼風瑞輝です」
「住所は ?」
警官はメモ帳を取り出して、涼風さんの住所を書き込む。
「ご両親は ?」
涼風さんが隣で静かに息を吸う音が聞こえた。
「いません。
一人暮らしです」
涼風さんの声は力強い。
僕でさえ怯みそうなのに、彼女は何も怖がっていない。
「高校生で、か」
「はい」
「まあ、いい。
一度、署に来てもらえるかな ?
想來くんは、お母さんが捜索願を出されてる」
二人で立ち上がり、離れたところに止まっているパトカーに乗り込む。
なんだか捕まったみたいで居心地が悪い。
「お母さん、ひどく心配されていたよ。
スマホに着信はないか ?」
そう言われて初めてスマホを見た。
メッセージが10件以上、着信が5件。
『心配かけてごめん。
気づかなかった。
なんともないから心配しないで』
いまさら心配しないでというのも無理があるが、返信しなければ余計心配してしまうと思い、そう送った。
「ごめん。
想來くん、帰らなきゃいけなかったのに」
涼風さんが小さくそう言う。
前の席にいる二人の警官には聞こえないくらい小さな声だった。
『涼風さんが謝ることじゃない
僕も悪かったから』
それ以上、話すことはなかった。
窓の外にはもう車が行き交っていて、空はピンクがかっていた。
「紅掛空」
涼風さんの方を見る。
彼女は、空を見渡し、少し寂しげな笑顔を浮かべていた。
「この空の色。
小さい頃にね、お母さんが教えてくれた。
お母さん、色にだけはやたらと詳しくて、何とかブルーとか、何とかピンクとか、色々教えてくれたの」
今度は、小さな声ではなくて、きっと前の警官にも聞こえていたと思う。
しんと静まった車内に涼風さんの力強く、か弱い声が響くように聞こえる。
「たくさん教えてもらったから、半分は忘れたけど、これだけは覚えてる。
事故に遭う直前。
買い物帰りに、空を見上げてお母さんが教えてくれた。
この空の色は、紅掛空色って言うんだよ。
綺麗だねって。
私、そのとき、家にあるお菓子のことで頭いっぱいで。
あの言葉がお母さんの最期だったのに」
涼風さんはそこまで言うと、声を押し殺して泣いた。
でも、嗚咽を隠しきれず、彼女はやがて号哭した。
警察署に着いてからも警官は何も言わずただ黙って窓の外を眺めている。
僕も何も言わずに彼女の肩を抱いた。
震える肩は涼風さんじゃないんじゃないかと疑うほど細く、弱く、僕はそのとき気づいた。
涼風さん、実はずっと弱かったんだ。
悩みを打ち明けられないほど弱かったんだ。
強がってしまうほど、周りがこの子は強いと思ってしまうほど、弱かったんだ。
本当は、今にも折れそうになっていたんだ。
