エンドロール

 体育祭は、あまり楽しくなかった。

 僕は運動ができないし、ただ見ているだけ。

 こういう時にだけ来てズルいと思われているのは重々承知の上。
 でも、こういう時に、教室で過ごさなくてもいいようなこういう日に来ないと出席日数が大変なことになってしまう。

 それに、最近は涼風さんがいるから学校に来るのもそれほど苦ではなくなった。
 自分の周りに人がいるっているのはこんなにも力になることなんだと改めて気づいた気がした。

 「想來くん、おはよう。
 今日もまた図書館ね」

 体育祭が終わって1週間くらい経った頃。
 久しぶりに来た学校の校門で、涼風さんにそう、声をかけられた。

 「今日もまた」という言葉がくすぐったい。

 はにかみながら小さく頷く。
 あんまり長く話していても、涼風さんの友人に申し訳ないから、僕はそそくさとその場を去る。


 「あいつ、小3から話せなくなってるらしいよ」

 「は、長すぎだろ。
 てか、メンタル弱すぎ。
 克服とかできないわけ」

 そんな会話が聞こえてきたのは、2時限目が終わった10分休み。

 嘲笑まじりの口調が、後ろの方から聞こえる。
 僕が1番、嫌な、あの口調が聞こえる。


 「ねね、道野瀬(みちのせ)くんって、なんで学校来ないようになっちゃったの ?」

 小学生3年生の冬のある日、そう聞かれた。

 不香の花が舞い降りる、寒い、冬の日だった。
 僕は、あの時のことを、鮮明に覚えている。

 「ちょ…っ…と。」

 声が出ない恐怖が、あんなに強いものだと思わなかった。
 初めて、死ぬかと思うくらいに心臓が跳ね上がった。

 怖くて、苦しくて、僕は、頷く仕草で謝って踵を返した。


 「想來、なんで ?
 どうしたの ?」

 家に帰ると、お母さんは心配そうに、少しだけ怪訝そうにそう聞いてきた。

 「声が、出ない」

 母の前では出た。

 でも、それから、どう頑張っても人前では声が出なかった。

 1ヶ月半くらい経った頃、病院に行って場面緘黙症と診断された。

 5歳以下に発症しやすく、小学生、それも高学年で発症するのは珍しいらしい。


 「道野瀬って声出ないらしい」

 「喋りかけてみようぜ」

 そんな会話が、近くから聞こえるようになったのは、場面緘黙症になってから半年くらい経ってからだった。

 僕は、それまでもあまり行けていなかった学校に、もっと行けなくなった。

 そして両親が離婚して、僕の精神状態はより悪くなっていった。

 誰とも話したくなくて、一時期は母とも話せなかった。


 「あいつ、小3から話せなくなってるらしいよ」

 「は、長すぎだろ。
 てか、メンタル弱すぎ。
 克服とかできないわけ」

 耳を塞ぎたくなって、僕は静かに席を立った。