エンドロール

 「ありがとうございました」

 何とか診察を終えて、薬の話をして、診察室を出た。

 地獄とまでは行かないけど、相当気が張りつめていて、出た途端、大きなため息が出た。

 薬は1階で貰えると言っていたから、エレベーターまでゆっくりと向かう。

 その時だった。

 「想來くん…」

 思わず声が出た。
 エレベーターホールの隅っこにあの男の子が点滴棒を隣に持って立っていた。

 聞こえてしまっただろうか。

 男の子は静かに会釈をしてきた。

 「こんにちは」

 努めて明るい声でそう声をかけた。

 男の子はまた小さく頭を下げた。

 きっと名前を呼んでしまったことは知らない。
 知らなくていい。

 「どうかしたの ?」

 聞くけど、彼は答えない。

 「何も用ないなら行くよ」

 そう言ってエレベーターのボタンを押そうとした時、彼が近づいてきた。

 私の手より先に上行きのボタンを押した。

 「え ?」

 彼は何も話さない。

 ついてこいということだろうか。
 とりあえず、上がってきたエレベーターに一緒に乗り込む。

 彼は5階を押した。
 5階は確か循環器内科だったはずだ。

 なにか心臓とかに疾患があるのだろうか。
 聞こうとしたけど、話さなさそうなので黙ってついて行った。

 病室についた時、少し躊躇した。
 何を目的に、私をここに連れてきたのだろう。

 病室の外で躊躇っていると彼が手招きしてきた。
 仕方なく入る。

 「ねえ、なんなの ?
 いきなり連れてきて」

 イラついた声を出して、彼に尋ねる。

 『ごめん
 話したくて』

 紙に書いて見せられたとき、思い当たった。

 この子、喋れないのか。
 きっとなにか事情があって喋れなくなっちゃったんだ。

 「そうだったの」

 『ぼく、椎名想來』

 「えっ」

 思わず声を出してしまった。

 『なに ?』

 「いや、なんでもない。
 私は、涼風瑞輝」

 『すずかぜ ?』

 「うん。
 どうかした ?」

 聞き返してきた理由はわかる。
 まあそうだろうなとも思う。

 『いや、すずかぜって前に母親がその苗字だって子がいて』

 筆談ってすごく時間がかかるものなんだなと初めて知った。

 「あの、さ、聞きたいことあるんだけど」

 『声のことでしょ ?』

 先回りして想來くんが言う。

 「あ、うん」

 『場面緘黙症って知ってる ?』

 知ってる。
 家族の前では話せるけど、知らない人も前とか、学校でとかは話せない病気だ。

 「うん」

 『それなんだ』

 さほど驚かなかった。
 想來くんって割と人見知りの感があるし、大人しめだ。

 「そっか。
 でもなんで私と話したいって」

 『ずっと前、好きだった子に似てるから
 なんとなく気になって』

 そう書かれた紙を見たとき、言いようのない喜びと興奮が溢れ出た。

 気づいてはいないけど、覚えてくれている。

 気になってくれている。

 想來くん、久しぶり。