病院の窓から、あの女の子を見た。
暇すぎて、窓際で、目の前の道路を走る車の数を数えていた時。
駅の方からあの女の子が歩いてきた。
ここは学校からは遠い。
だから、必然的に学校の人はいない。
僕がこの病院を選んだのもそれが理由の一つだ。
きっと彼女は周りに打ち明けられない何かを抱えている。
僕は瞬時にそう察した。
話すこともできないくせに体が勝手に動いた。
まだ間に合う。
点滴中だったけど、点滴棒を転がしながら足早にエレベーターへ向かう。
話したい。
彼女の秘密を知りたい。
彼女に打ち明けて欲しい。
彼女の心を楽にさせてあげたい。
こんな気持ちになったのなんて初めてだ。
症状が出て、心臓が跳ねるときよりもっと心臓が跳ねていた。
顔が熱くなるのがわかった。
赤くなっている自分の顔を思い浮かべると笑ってしまいそうで、唇を噛む。
こんな楽しいと感じたのなんていつぶりだろう。
きっと、あの時以来だろうなと、桜が舞う晴れた日のことを思い出す。
どことなくあの女の子と似た、彼女のことを思い出す。
「想來くん !」
「椿輝(つばき)ちゃん !」
まだ話すこともできて、そんなに身体が弱くなかった頃。
学校から帰る途中の海沿いの堤防部分で僕は幼馴染の椿輝ちゃんに会った。
椿輝ちゃんは、堤防に座っていて、足をぶらぶらさせている。
僕もその隣に座って、海を眺めた。
「学校どうだった ?」
同じ2年生のはずなのに、赤いランドセルを背負った椿輝ちゃんは、大人びている。
僕があまり社交的ではないのを知っていて、よく気にかけてくれているのだ。
「楽しかったよ。
でも、椿輝ちゃんがいないとやっぱり寂しい」
今思い返せば死ぬほど恥ずかしい台詞だ。
「ふふ、椿輝もだよ。
想來くんいないと寂しい」
「椿輝ちゃん、帰らないの ?」
僕は、この頃、無邪気だった。
だから、そんな無神経なことをズカズカと聞けた。
幸せな思い出である反面、今はそんなふうに思えて、後悔が波のように押し寄せる。
あの時、椿輝ちゃんの話を聞いてあげればよかったと。
「うーん、もうちょっとここにいようかな。
想來くんは ?」
「椿輝ちゃんがいるなら、僕もここにいる。
椿輝ちゃんが帰るまで、ここにいる」
「えー ?
想來くん、私のこと溺愛してるね」
「できあいしてないよ」
意味もわからず、そう言い返す。
あの時は否定したけど、きっと溺愛していたんだろうなと今にして思う。
「じゃあ、結婚しようか」
「え ?」
そう言ってきたちゃんの屈託のない無邪気な笑い顔は今でも鮮明に思い出せる。
「いつか、一緒になろうか」
一緒になる。
今どき、もう聞かない言葉を椿輝ちゃんが知っているのが椿輝ちゃんらしくて、それを使うのも椿輝ちゃんらしくて、クスッと笑ってしまった。
「なに、笑ってるの。
椿輝、本気だよ ?
想來くんと一緒になれたら幸せだろうなと思う。
こんな酷い日常から抜け出せると思う」
それがSOSだと気づいていたなら。
少し悲しげで、潤んでいる目に気づいていたなら。
どれだけ違っただろう。
「酷い日常」と表現した彼女の声が、心なしか震えていたことに気づいていたなら。
僕は、彼女を救えただろうか。
「僕も椿輝ちゃんと一緒にいられたら幸せだと思う。
絶対、けっこんしよう。
いつか、一緒に暮らして、一緒にご飯食べたり、一緒に寝たりしよう」
僕は幸せだった。
彼女と違って、僕はあの時、既に幸せだった。
この、根拠の無い約束だけで、胸がドキドキして、温かくなるくらい幸せだった。
あんなことになってなければ、椿輝ちゃんだってきっと幸せになれた。
僕が、椿輝ちゃんを幸せにできた。
暇すぎて、窓際で、目の前の道路を走る車の数を数えていた時。
駅の方からあの女の子が歩いてきた。
ここは学校からは遠い。
だから、必然的に学校の人はいない。
僕がこの病院を選んだのもそれが理由の一つだ。
きっと彼女は周りに打ち明けられない何かを抱えている。
僕は瞬時にそう察した。
話すこともできないくせに体が勝手に動いた。
まだ間に合う。
点滴中だったけど、点滴棒を転がしながら足早にエレベーターへ向かう。
話したい。
彼女の秘密を知りたい。
彼女に打ち明けて欲しい。
彼女の心を楽にさせてあげたい。
こんな気持ちになったのなんて初めてだ。
症状が出て、心臓が跳ねるときよりもっと心臓が跳ねていた。
顔が熱くなるのがわかった。
赤くなっている自分の顔を思い浮かべると笑ってしまいそうで、唇を噛む。
こんな楽しいと感じたのなんていつぶりだろう。
きっと、あの時以来だろうなと、桜が舞う晴れた日のことを思い出す。
どことなくあの女の子と似た、彼女のことを思い出す。
「想來くん !」
「椿輝(つばき)ちゃん !」
まだ話すこともできて、そんなに身体が弱くなかった頃。
学校から帰る途中の海沿いの堤防部分で僕は幼馴染の椿輝ちゃんに会った。
椿輝ちゃんは、堤防に座っていて、足をぶらぶらさせている。
僕もその隣に座って、海を眺めた。
「学校どうだった ?」
同じ2年生のはずなのに、赤いランドセルを背負った椿輝ちゃんは、大人びている。
僕があまり社交的ではないのを知っていて、よく気にかけてくれているのだ。
「楽しかったよ。
でも、椿輝ちゃんがいないとやっぱり寂しい」
今思い返せば死ぬほど恥ずかしい台詞だ。
「ふふ、椿輝もだよ。
想來くんいないと寂しい」
「椿輝ちゃん、帰らないの ?」
僕は、この頃、無邪気だった。
だから、そんな無神経なことをズカズカと聞けた。
幸せな思い出である反面、今はそんなふうに思えて、後悔が波のように押し寄せる。
あの時、椿輝ちゃんの話を聞いてあげればよかったと。
「うーん、もうちょっとここにいようかな。
想來くんは ?」
「椿輝ちゃんがいるなら、僕もここにいる。
椿輝ちゃんが帰るまで、ここにいる」
「えー ?
想來くん、私のこと溺愛してるね」
「できあいしてないよ」
意味もわからず、そう言い返す。
あの時は否定したけど、きっと溺愛していたんだろうなと今にして思う。
「じゃあ、結婚しようか」
「え ?」
そう言ってきたちゃんの屈託のない無邪気な笑い顔は今でも鮮明に思い出せる。
「いつか、一緒になろうか」
一緒になる。
今どき、もう聞かない言葉を椿輝ちゃんが知っているのが椿輝ちゃんらしくて、それを使うのも椿輝ちゃんらしくて、クスッと笑ってしまった。
「なに、笑ってるの。
椿輝、本気だよ ?
想來くんと一緒になれたら幸せだろうなと思う。
こんな酷い日常から抜け出せると思う」
それがSOSだと気づいていたなら。
少し悲しげで、潤んでいる目に気づいていたなら。
どれだけ違っただろう。
「酷い日常」と表現した彼女の声が、心なしか震えていたことに気づいていたなら。
僕は、彼女を救えただろうか。
「僕も椿輝ちゃんと一緒にいられたら幸せだと思う。
絶対、けっこんしよう。
いつか、一緒に暮らして、一緒にご飯食べたり、一緒に寝たりしよう」
僕は幸せだった。
彼女と違って、僕はあの時、既に幸せだった。
この、根拠の無い約束だけで、胸がドキドキして、温かくなるくらい幸せだった。
あんなことになってなければ、椿輝ちゃんだってきっと幸せになれた。
僕が、椿輝ちゃんを幸せにできた。
