こちらを振り返った時、富塚先生の眼鏡が光った。
「あら、降幡さん、今日は登校日だっけ?」
「はい、月……うわっ!」
答えようとして、口を開いたら、紙飛行機が口から落ちた。
さっき、カラスの姿で、くちばしで紙飛行機をつかんだ後、うっかり、くわえたまま忘れていたのだ。
銀色の紙飛行機は、くちばしで散々つついたので、ヨレヨレになっていた。それを、床から拾い上げつつ、もう一回、言い直す。
「登校は、月水金なんです」
内心、
(富塚先生さあ……。登校日の話より、まず、口にくわえてる紙飛行機にツッコめよ。順序が違うでしょ……)
とは思いながらも。
あえて、見て見ぬふりで、スルーしてくれたのかもしれないけれど……。
「あっ、そうなんだー。火、木は通信だったっけ?」
「です。e―ラーニングとか、課題とか」
言いにくそうに、
「具合悪い?」
持病の有無を聞いているらしい。
恵萌は、
「……多少は」
無難な回答をした。
「まあ、大変そうだけど、頑張って」
富塚は、明るめの笑顔と口調でうなずき、通り過ぎていく。
恐らく、これ以上の深入りをすれば、面倒なことになるかもと考えたのではないか。ひょっとしたら、紙飛行機を口にくわえていた件も含めて。
ただ、それを差し引いても、
(へえー、私のこと、覚えてくれてるんだな)
意外さ、うれしさの方が大きかった。
紙飛行機を、真ん中から二つ折りにして、スカートの前ポケットに押し込む。
富塚とは、週に数回、「生物基礎」の授業で接点があるのみなのだが。
にもかかわらず、名前を覚えられているのは、恐らく、週に三日だけ登校という、この特殊事情のせいであろう。
正体がバレないように、あえて、そうしているのだ。毎日毎日、同じメンバーで顔を合わせると、いずれ、人外であることを悟られかねない。
龍輝と相談し、幾つかの手続を取って、横浜市と学校から許可が下りた。
体調管理と生活維持のため、という、割とあいまいな理由だったけれど、書類は通った。
龍輝の社会的な影響力、元「アリーモ」の人工知能による行政ネットワークへの介入、そして、変身烏の魔力とを組み合わせ、それが実現した。
ちなみに、そもそも、戸籍など、恵萌の身分証明に関しても、同じ手段を使っている。こうして、社会へ溶け込んでいるのであった。
少子化の影響もあり、検仙女子高校としても、近いうちに、通信制高校・サポート校の併設も検討するという。そこでは、週に三日程度の登校でもよいらしい。
学校運営側としては、恵萌は、そのモデルケースという意味合いも、あるものと思われる。それなりに、利害は一致しているのだ。
(さて……)
恵萌も、廊下の突き当たりを曲がる。
一気に、人が増える。高い声での会話が廊下を反響し、にぎやかだ。セーラー服や、ジャージ姿の生徒たち。女子校なので、女の子ばかり。
(今日も、ほどほどに溶け込んで、充実した青春でも送りますか)
C組の教室へ向かう。
「恵萌ォー、っはよー」
すれ違う級友が、手を挙げてくる。
「おはよー!」
あいさつを交わしているところへ、
キィーンコーンカーンコォーン……
ゆっくりと、朝の予鈴が響いた。
開け放たれた横開きのドア、教室の奥、クリーム色のカーテンが、窓の風にふくらんでいる。
「あら、降幡さん、今日は登校日だっけ?」
「はい、月……うわっ!」
答えようとして、口を開いたら、紙飛行機が口から落ちた。
さっき、カラスの姿で、くちばしで紙飛行機をつかんだ後、うっかり、くわえたまま忘れていたのだ。
銀色の紙飛行機は、くちばしで散々つついたので、ヨレヨレになっていた。それを、床から拾い上げつつ、もう一回、言い直す。
「登校は、月水金なんです」
内心、
(富塚先生さあ……。登校日の話より、まず、口にくわえてる紙飛行機にツッコめよ。順序が違うでしょ……)
とは思いながらも。
あえて、見て見ぬふりで、スルーしてくれたのかもしれないけれど……。
「あっ、そうなんだー。火、木は通信だったっけ?」
「です。e―ラーニングとか、課題とか」
言いにくそうに、
「具合悪い?」
持病の有無を聞いているらしい。
恵萌は、
「……多少は」
無難な回答をした。
「まあ、大変そうだけど、頑張って」
富塚は、明るめの笑顔と口調でうなずき、通り過ぎていく。
恐らく、これ以上の深入りをすれば、面倒なことになるかもと考えたのではないか。ひょっとしたら、紙飛行機を口にくわえていた件も含めて。
ただ、それを差し引いても、
(へえー、私のこと、覚えてくれてるんだな)
意外さ、うれしさの方が大きかった。
紙飛行機を、真ん中から二つ折りにして、スカートの前ポケットに押し込む。
富塚とは、週に数回、「生物基礎」の授業で接点があるのみなのだが。
にもかかわらず、名前を覚えられているのは、恐らく、週に三日だけ登校という、この特殊事情のせいであろう。
正体がバレないように、あえて、そうしているのだ。毎日毎日、同じメンバーで顔を合わせると、いずれ、人外であることを悟られかねない。
龍輝と相談し、幾つかの手続を取って、横浜市と学校から許可が下りた。
体調管理と生活維持のため、という、割とあいまいな理由だったけれど、書類は通った。
龍輝の社会的な影響力、元「アリーモ」の人工知能による行政ネットワークへの介入、そして、変身烏の魔力とを組み合わせ、それが実現した。
ちなみに、そもそも、戸籍など、恵萌の身分証明に関しても、同じ手段を使っている。こうして、社会へ溶け込んでいるのであった。
少子化の影響もあり、検仙女子高校としても、近いうちに、通信制高校・サポート校の併設も検討するという。そこでは、週に三日程度の登校でもよいらしい。
学校運営側としては、恵萌は、そのモデルケースという意味合いも、あるものと思われる。それなりに、利害は一致しているのだ。
(さて……)
恵萌も、廊下の突き当たりを曲がる。
一気に、人が増える。高い声での会話が廊下を反響し、にぎやかだ。セーラー服や、ジャージ姿の生徒たち。女子校なので、女の子ばかり。
(今日も、ほどほどに溶け込んで、充実した青春でも送りますか)
C組の教室へ向かう。
「恵萌ォー、っはよー」
すれ違う級友が、手を挙げてくる。
「おはよー!」
あいさつを交わしているところへ、
キィーンコーンカーンコォーン……
ゆっくりと、朝の予鈴が響いた。
開け放たれた横開きのドア、教室の奥、クリーム色のカーテンが、窓の風にふくらんでいる。

